「そこっ、もっとパス多く回して、一人で抜けようとしちゃ駄目です!」 「ナイスシュート!下がって下がって、5番マークついて」 キュ キュ、と、バッシュが擦れる音、ダンッ、ボールが床とぶつかり跳ね上がる音。体育館をびりびりと震わせるそれらはすべて刺激的な聴感覚へと変化して、私たちの脳内を震わせる。 「は、っはあ、なあアレン!今日はこの辺で上がらねえか、」 「へ…?あ、もうこんな時間ですか…」 上がる息を抑えぐっと伝った汗を腕で拭いながら見上げた時計は、既に6時を指している。まったく気付かなかったが、窓から見える空はいつの間にかすっかり濃紺に染まっていた。 「桜!そろそろ上がりませんか、多分最終下校ぎりぎりですし」 「えっ?あ、ああ、もうこんな時間だったの!」 はは、僕と同じこと言ってる。練習終了を女子メンバーに伝える桜の背中を眺めながら、僕は一人で小さく笑った。 数分後にやってきた先生に追い立てられ、ちらほらと生徒が体育館を去っていく。更衣室から桜が出てくるのを、僕は出入り口にぼんやりと寄りかかって待っていた。相当暗い。いつもは近くの分かれ道でバイバイだけど、今日は桜の家の前まで送っていかないといけないな。 それにしてもとうとう明日、だなあ。球技祭までまだまだあると思っていたけれど、ついに翌日に控えているなんて実感が湧かない。それでも皆随分うまくなった、と思うし、これならいけるかも。というか、いかなきゃならないんだ。僕の得意分野で負けてたまるか。 「アーレン君。なんでガッツポーズしてんの?」 「う、っわ!いつの間に!?」 「今の間にー」 くすくすと笑う、なぜか既に背後に立っていた桜から、無意識に作っていた握り拳を今更ながら隠す。顔を洗ってきたのだろうか、しっとりと濡れた前髪が額に貼り付いていて、それをそっと払ってやるとまた彼女はくすぐったそうに笑った。 「…とうとう明日だね」 「ええ。…疲れてませんか?つい練習長くしちゃって…」 「大丈夫、明日の朝にはぴんぴんしてるよ。アレン君は?」 「僕も平気。明日が楽しみで仕方ありませんよ」 「ふふ、うん、アレン君はうちのエースだもんね。頑張ってもらわなきゃ」 「桜こそ、女子チームのリーダーでしょう。頼りにしてますよ」 「えあ、私頼られるの!?う、うわあ、がんばる…」 「うん」 少し困ったように、しかし嬉しそうに口元を手で覆う桜の頭に手を乗せてみたら、俯いたままの頬が少しだけ赤くなったのが解って、なんだかこっちまで照れ臭くなる。もう夏なのに、この時間は少し冷えるなあ。ブラウスにそんな短いスカートで、桜は風邪ひいたりしないかな。勿論これは明日が球技祭だからではなくて、ただ単純に、好意を寄せる女の子が心配なだけなんだけど。 …肩とか抱いても、いい、かな?せめて手とか、繋いでもいいかな…。酷く喉が渇いている。手が、じんわりと熱い。今自分がどんなに情けない状態なんだろうかと考えたら居た堪れなくなる。そんなことを自分の頭の中でぐるぐると考えているうちに、彼女の家の門まであと数メートルのところまで来てしまった(ああ僕の馬鹿このへたれっ…!) 「…あの、ありがとう」 「え?」 「送ってくれて」 「ああ、そんな、全然。紳士の義務ですから」 はは、とさきほどの自分の情けなさを引き摺りながら嘲笑気味に微笑んでみたら、なにそれ、と桜もつられたように目を細める。 「えっと…それじゃあ、また明日、」 「っあ、待って」 門に手をかけようとしたその大勢で、桜はぴたりと動作を止めた。あ、と同時に僕も息を詰まらせる。何で呼びとめたんだろう、僕は。 「何?」 「え…っと」 えっと、えっと、…どうしよう?わたわたと手を無意味に振ってから、あ そうだと片手を差し出し、 「明日、よろしくお願いします、桜」 「あ…」 僕と桜の間、暗闇で揺れる、僕の手。それを一度見て、僕の顔を見て、また視線を戻す。そして彼女は。 「…うん。頑張ろう、ね」 ここに、明日の僕らの健闘を誓って。 #06 握手 20060624 とうとう球技祭が始まります |