「いざ勝負!」 「は?」 どーん、と背景に効果音がつきそうな勢いで僕の目の前に突き出されたのは、輪にされた一本の赤い毛糸。思い切り怪訝に眉をしかめて名前の顔を見返せば、出鼻を挫かれたとばかりにがっくりと肩を落とし、しかしその一秒後には憤慨するように頭を上げて僕に詰め寄った。 「なんてやる気を削ぐような声出すのかな君は!あやとりですよあやとり!」 「そうはいってもいきなり『勝負!』とか言われれば誰だって驚くでしょう。…何?あやとり?」 「そう!神田先輩に教えてもらったから今の私は無敵よはっはー参ったか!」 「……神田先輩んとこ行ってたんですか。だからさっき僕が声かけようとしたのにさっさと教室出てって…」 「え、あ、そうだったん…ってアレン君ちょ、目が怖い笑ってない」 「生憎僕あやとりなんて知りませんよ、名前だけしか。勝負は名前の不戦勝ってことでいいです」 「なッ……っふ、さては私に負けるのが怖いのね」 「ええじゃあそういうことにしといて下さい」 「ちょーっとこらァ!そこは『誰が怖いだと?そこまで言うならやってやらあーっ』ってならなきゃ駄目でしょう!?何ていうか男として!?」 「僕はそんな解りやすい挑発に乗るほど血の気良くないのでー」 「ちっくしょう余裕かましてっ」 本当に悔しそうに頭を打ち振る名前も結構面白かったので、もう少し付き合ってみようかなと、椅子の背凭れから背を離して糸をぴんと引っ張ってみた。 「え…」 「まあ、名前が教えてくれるなら、遊んであげてもいいですよ?」 「それでここをこう取って」 「こう?」 「あ、うん、上手。これ何かに見えない?」 「えっと…あ、ハムとか!」 「あは…まあ見えなくもないけど一応これはハシゴって名前で」 日本の遊びは奥が深い。くるくると指先を動かす桜がなんだかかっこよく見えてくる。くそう、僕より器用な桜なんてやだな…桜は鈍くさい方が苛めがいがあって可愛いのになあ…いやでもこういうのもギャップがあって、うん、まあいいけど 「あ、桜、桜!これ頑張れば何かに見えませんか、壊れかけたクモの巣とか!」 「あーアレン君絡まってる絡まってる。早く解かないと玉が出来ちゃうよー」 指に絡みついた糸を解こうと桜が慌てて指を掛ける。はは、すみませんなんて笑いながら言っていたら、あれ?なんて声が桜の口から洩れた。不思議に思ってまた自分の手元に視線を落とせば、ただでさえめんどくさいことになっていた糸は更にごちゃごちゃに絡まっていて、その上桜の手も巻き込まれている。ああこれでこそ桜だと、少し笑えるような安心するような。 「うわあ、どうしようアレン君…!」 「どうしようって…切りますか?」 「え」 切るかと聞いた瞬間に桜の表情が変わったので、僕はきょと、と面喰った。あれ?変なこと言ったかな僕。それほど大事な毛糸? 「あの…桜?」 「あ、うん…どこかにハサミないかな」 控え目に笑って辺りを見回す桜を黙って見詰めながら、僕はこっそり首を傾げて考える。ふと見れば絡まって僕らの手を縛りつけるような赤いそれは、縺れて、一瞬見ただけではどれが自分の指かも解らないくらいに… 「桜」 呼べば桜はなんでもないような顔で僕を見る。が、不自然に笑みが滲んだ口元が、ああ無理してる、と僕に気付かせる。 「いいよ、切らなくて」 「………」 「これでしょ?」 くん、と自分の右手の小指を反らせてみれば、引っ張られるように桜の小指が動く。 「…気付いてたの」 「ええ、さっき。何の考えも無しにあんなこと言ってすみません」 「や…ううん、私が変に単純だから」 「僕はそういうところが好きなんですけどね」 小指を繋げた赤い糸は、どうやら解ける様子もない。 #02 あやとり 20080608 しかしいつまでその状態にしておく気でしょう |