滴る深紅に愛など添えて | ナノ


―――――…


深い夜闇を切り裂くような、鋭い女の悲鳴が、寝静まった街に木霊する。耳障りなそれを早く止めてしまおうと、僕はより深く彼女の喉元に鋭い犬歯を喰い込ませ、一息に中のどす赤い血液を啜った。甲高い断末魔は一瞬にして止み、喘ぐような声を小さく洩らすと、女はあっけなく力尽きる。細いその体はあっという間に空っぽになってしまった。最近の女性は華奢過ぎて頂けない。男よりは女の方が血は甘味を増し舌に心地よいというのに、これっぽっちの量では大した腹の足しにもならないのだ。
どこか遠くから慌ただしい足音が近付いてきた。きっとさっきの悲鳴を聞きつけたのだろう。本当に馬鹿な人たちだなあ。吸血鬼が出たって解ってるんだから、大人しく家の中にいた方が安全なのに。まあいいや、僕にとっては好都合。空腹はまだまだ満たされていない。僕を退治しに来たっていうなら、まとめて返り討ちにしてやりますよ。
杭やら十字架やらを手にばたばたと掛けてきて、僕と既に息絶えた女を見た途端に顔を青くする二名の男を横目に、自身の唇に残った赤をぺろりと舐め取りながら僕は微笑んだ。








「また出たらしいわよ…」
「ええ…私も、今朝の号外で…」
「怖いわねえ…これで何人目なのかしら…」

ひそひそと身を寄せ合って不安げな顔をしながら話すシスターたちの話し声に、ドロシーは歩き読みしていた分厚い聖書からふと顔を上げた。シスターはそんなドロシーには気が付かない様子で、夢中で怖い怖いと言い合いながら彼女の横を通り過ぎる。ドロシーは暫しその後ろ姿を振り返ったまま見詰めていたが、どこかで自分の名前を呼ばれ、はっと我に返って体を戻した。黒の修道着を纏った少女が、少し小走りをしながらこちらにやってくる。

「おはようドロシー、どうかしたの?」
「あ…いえ、なんでもないの」

おはよう、と微笑んで言うと、少女、リナリーは口元を緩めて目をぱちぱちさせた。そして恐ろしそうに口元に手をやると、まるで悪夢を思い出そうとするかのような顔をして言う。

「ああ…もしかしてあのこと? 吸血鬼の…」
「ううん。私はあんまり…でもなんだか凄い噂になってるなあと思って」
「そうね。だってこれが初めてじゃないもの。被害者は圧倒的に婦人が多いらしいから気を付けないと―――ああ、昨日は男性も、だったわしいわね」

リナリーは目を伏せ、胸の前で十字を切った。号外によれば、昨日の犠牲者は婦人一人とその夫、そして現場の近所に住んでいた男性の計3人という。私は聖書を静かに閉じると、ところで、と話を切り替える。この話には、言い方は悪いが、あまり興味がなかった。巷を騒がす吸血鬼、と言われてもどうも現実味がないし、ここは彼に見向きもされないであろう小さな村。有名な吸血鬼さんと私なんて、一生関わり合いなどありはしない。

「私に何か用事だったかしら?」
「え? …あっ、そうなの、今日の18時からのミサ、遅れないようにって伝えに」
「ミ…あ、ああ…そう、ミサね。解ったわ、わざわざありがとう」

しまった、すっかり忘れていた…と言えば絶対にリナリーに怒られてしまうから、にこやかに礼を言って私はそそくさとその場を後にした。修道院ではそこかしこで吸血鬼の話題が飛び交っている。「今回はオーストリアの…ほら、なんと言ったかしら…」再び聖書に没頭し始めたドロシーに、その声は耳に入りはしてもすぐに頭から出て行ってしまった。つい昨夜吸血鬼の出没したその街は、ドロシーの予想に反し、この村から数十キロと離れてはいなかった。


吸血鬼の接近


//20081017
吸血鬼パロディ連載を始動