log | ナノ

「…一体何をなさっているのか、御伺いしても宜しいでしょうか?」
「強いていうならハロウィンに乗じてる」

皮肉たっぷりに、殊更丁寧に聞いてみたら、けろりとそんな答が返ってきた。どこまでも冷めた瞳で『見下ろ』すと、彼は少し焦った様に私を『見上げ』てくる。

「…ボス。遊んでいる暇がおありならあの書類の山をどうにかして頂きたいのですが」
「ちがっ、俺好きでこんなんになったんじゃねぇよ!? リボーンに変な弾撃ち込まれてッ」
「へえ、それはお気の毒に。では貴方の後ろにあるバスケットは一体何なんでしょうね」
「!!」

10歳ほどに体を縮めたディーノはその小さな手でバスケットを背中に隠したが、時すでに遅し。ひょいと軽々それを取り上げると、中にぎっしり詰められた橙色やら赤やらのキャンディの包み紙をひとつ摘まみ上げた。

「好きでなった訳じゃないと言う割には、随分と楽しんでいらっしゃるじゃないですか」
「…ロマーリオたちが押し付けてくるんだ。『小せえボスだ、懐かしいな』とか言って」

ボスは複雑そうに苦笑した。私の脳裏に、愉快そうに笑いながらボスの前に嬉々として菓子を積んでいくロマーリオさんたちの姿がちらつく。
私はそっと溜め息を溢した。こんな状態ではサインもまともには出来ないだろうし、きっと指紋も変わっているから朱肉も押せない。

「効力は? いつまでですか」
「解んねえ。まあ、そんなに長くはねぇだろうけど…」

リボーンさんの扱う特殊弾は、直ぐに効果が切れるほど柔でないことなど百も承知だ。早くて一日。最悪の場合一週間、ということも有り得る。ボスの前家庭教師には毎度頭を痛くさせられるものだ。…でも…まあ。

「仕方無いからいいですよ、今日は。私もこんなに小さなボスを見れて面白いですし」
「…お前なあ…」

スーツのポケットを探って出てきた飴をバスケットに落としてから返してやると、ボスは怒ったような気恥ずかしそうな顔をしながらもそれを受け取った。さらさらの金髪は、大人の彼と比べて幾分細くふさふさで子犬のようだ。良いところのお坊ちゃんということが一目で解る風貌とオーラは、この年で既に一級品である。

「折角ですから会ってきたらどうです? ボンゴレの十代目に」
「ばか、こんなかっこわりぃ姿見せられっか」
「お菓子貰えるかもしれませんよ?」
「俺が欲しいのは菓子じゃなくて―――」

はた、とそこで言葉を切り、ボスは企むような光を瞳に宿した。私をにんまりとした笑顔で眺めると、声を高めて言う、「trick or treat!」私は眉をつり上げる。

「お菓子ならさっきあげたでしょう?」
「さっきはくれなんて言わなかったぜ」
「じゃあ返してください」
「やだ。一度貰ったもんはもう俺のだもん」

こういうときばかり物分かりが悪く、ここぞとばかりに子供らしく振る舞うのはズルいと思う。私はやれやれと頭を垂れながらも、ボスの額をつんと小突いた。

「それならお菓子はありませんよ。悪戯でもなんでもなさって下さい?」
「…余裕じゃねぇか」

ニィ、と悪戯に微笑むボスに笑み返してやると、小さな手が伸びてきて、私の髪を掴み軽く引っ張られた。頭を屈めてやったら、ちゅっと小鳥のさえずりのような音を立てて口付けられる。私は笑った。

「…何」
「ボスが可愛い」
「はっ…はあ?」

くすくすと笑って私からも唇を寄せると、ボスのふっくらとした頬が赤く染まった。本当に子供みたいだ。

「…戻ったとき覚えてろよ」
「それは私の台詞ですよ。今日の倍はやって下さいね、シゴト」

途端に顔をしかめる少年に、私は今度こそ声を上げて笑った。

//20081031