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最近ディーノくんは、お気に入りの後輩を見付けたみたいです。

「きょ―――ぉやっ」
「煩い群れるな咬み殺す」
「相変わらず愛想ねぇなあお前」
「余計なお世話だよ」

本気で鬱陶しそうな表情で廊下をつかつかと突き進むのは、二年生の雲雀恭弥くん。それにへらへらと笑いながらちょっかいを出しているのは、私と同じ三年生のディーノくん。

ディーノくんはこの雲雀くんをいたく気に入っていて、近頃はちらりとでも見かけたらすっ飛んでいくようになった。ディーノくんの彼女にしてはこれが面白い訳もなく、それでもそれはそれは楽しそうな彼を見ていたら口も出せなくて。

「僕は見回りで忙しいんだよ。まとわりつかないでくれる」
「おうそーか!俺もそろそろ授業だな」

じゃあまたな恭弥!と、雲雀くんの背中に大きく手を振るディーノくんは、返事が返ってくることがなくてもにこにこと嬉しそうだ。小さな後ろ姿が見えなくなると、ディーノくんはぐんと伸びをしながら教室に戻ってくる。

「んー、今日も天気いーなぁ。教室ん中篭ってるなんてもったいねぇ」
「じゃあ雲雀くんと屋上デートでもしてくれば」
「それも悪くねぇけどさ、」

私の皮肉にへらりと笑ったディーノくんの言葉に、私は思わず息を詰めた。それも悪くない、だと?授業すっぽかしてまでも雲雀くんと一緒に居たいと、そう言うのか。

「俺はどっちかってーと、お前と青空デートのが良いなー」

その後に続いたディーノくんの言葉は、驚愕している私の耳には入らなかった。そのお陰で私は酷い誤解を抱えることになる。

「よーし席つけ、宿題確認するぞー」

教室に入ってきた先生の眠そうな声に、疎らだった生徒ががたがたと自席に戻る。じゃあまた後で、と自分の教室に帰っていくディーノくんの声も、私には届いていなかった。




キーンコーン、授業終了のチャイムを聞き終え、私はディーノくんが来る前に教室をふらりと出た。
真っ直ぐ向かったのは屋上。どうも息苦しいというか、胸が詰まっているというか、そんな気持ちの悪い感覚をどうにかしたくて、新鮮な空気を吸おうと思ったのだ。


キィ、と錆びれた音を立ててドアを開き、鋭い光に思わず目を細める。俯きながらそのままドアを押して、乾いたコンクリートの地面に進み出た。
確かに今日はいい天気だ。酷く眩しく光っている太陽が雲に隠れては顔を出し、屋上をスクリーンにしてまだらな影を映し出す。

ああなんて綺麗、

「君、ここで何してるの」

ぎくっと肩が跳ねて、私は勢いよく振り向いた。しかしそこには、開けっ放しだったドアが風に押されて閉まる様だけが確認出来るだけで。

「どこみてるの。こっち」

その言葉にやっと気付いた、声は頭上からしていた。ドアが隣接した貯水タンクを支えるための、屋上の一角の凸。そこに片膝を立てて腰掛けていたのは、二年生にして並盛中の風紀委員長を務める彼、だった。ディーノくんが私の悩みの種ならば、彼はそれに水をやった人物といった所だろうか。

「…雲雀くん」

名を呼べばその切れ長の瞳で見下ろされ、無意識に背筋が伸びる。

「そろそろ授業始まるよ」
「…いい、休む」
「…そう」

予想外に簡素な返答に、私は驚いて目を見開いた。授業をサボるような不真面目な生徒は制裁、かと思ったのに(雲雀くん自身だってサボっているのにおかしな話だとは思うけど)
突如訪れた沈黙は酷く重くて思わず視線を泳がせると、ドアの脇にタンクへと上がるはしごを見付けた。それを迷いなくカンカンと上って、空をぼんやりと見上げる雲雀くんの隣に腰を下ろす。

「…雲雀くんは、さ」

思ったよりも声が小さく掠れていて自分でも驚いた。それでもちらりと横目での視線を感じたから、雲雀くんにはなんとか届いたらしい。

「ディーノくんのこと、好き…?」

今度こそしっかりと、真正面からの雲雀くんの視線に串刺された。おずおずと彼の方に顔を向けると、やはり雲雀くんは私の顔を凝視している。つり上がった目は更にしかめられていて。

「…どうしてそんなこと聞くの」

心底嫌そうな低い声に、私は不自然に心臓を跳ね上げた。し、しまった。怒らせてしまっただろうか。

「え、いやあの…そ、素朴な疑問です…」
「………」

はぁ、彼の小さな溜め息にも苦笑いを返すしかなかった。雲雀くんは数秒考えるような仕種を見せたあと、ふいと正面に向き直ってまた空を見上げた。

「…うん。好きだよ」
「…へ!?」

う、嘘ぉ!?危うくそこから落っこちそうになって肝を冷やすが、そこを持ちこたえたその後もパニック状態だった。すきだ、よ?すきだよって、そう言った?何だかんだで雲雀くんもディーノくんのことが好きだったのか?じゃあ、私は雲雀くんとライバルってこと…?

どどどどうしよう勝てる気がしないぞ!と頭を抱えた私の隣から忍び笑いが聞こえてきて、私ははっと潤んだ瞳をそちらに向けた。見れば、さっきまで不機嫌そうだった雲雀くんの顔が至極楽しそうに綻んでいて、頭を軽く伏せながらくすくすと笑っていたのだ。

「ひ、雲雀くん…?」
「馬鹿でしょ、君」
「え…」

笑った名残が残る口元が私を罵ったけれど、呆気にとられた私の顔は本当に間抜けだったと思う。

「だって、」
「好きな訳ないじゃないあんな人。毎度毎度鬱陶しいだけ」

ふ、と肩を竦めた雲雀くんから、私は目が離せなかった。なぜだか凄くほっとして、緊張していた体からどっと力が抜けた瞬間、不覚にもほろりと涙が溢れた。頬に一筋流れるそれも私自身はほとんど気付かなくて、ちらりと私を垣間見た雲雀くんが少し驚いたような顔で私を見詰めた。

「…ねえ、ちょっと」
「っ…は」

軽く雲雀くんが手を上げかけたとき、漸く自分が泣いてることに気付いた。自覚してからは堰をきったようにぼろぼろと涙が溢れだし、止まらなくなってしまった。頭がいたい。どうしてこんな事態になっているのかすらよく思い出せない。必死に涙を止めようと瞼を閉じて唇を噛み締めていたら、隣にいた雲雀くんが動いた気配があった。目を開けると潤んだ視界の中心は雲雀くんの顔で、

「本当に君はからかい甲斐があるね」

ぼやけた雲雀くんの綺麗な顔。もっとよく見ようと瞬きしたら、また涙が一つ零れた。

「心配要らないんじゃない。…あの人が一番想ってるのは、君だろうから」

どこか遠く頭の片隅で、授業の始まりを告げる本鈴を聞く。ひんやりとした指先がひたりと触れ涙を拭うのと、ドアが派手な音を立ててそこから金髪の少年が飛び込んできたのは、ほぼ同時だった。

Brilliant sky

(っ!?恭弥おまっ)(ふぇえディーノくうんーっ)(あなたのせいなんだからちゃんと宥めて来てよ)(は!?)

//20080315