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ひゅるり。私のご機嫌を窺うかのように遠慮がちに吹き抜ける風は、靡く髪をちいさく揺らして眼下に広がる森の中へと消えてゆく。黒の教団と呼ばれるこの城の大きいこと。天辺に上って空を仰げば、重苦しく渦巻く灰色の雲がやけに近い。縁に腰を下ろして、果てしなく遠い地面を見下ろしてみる。さて、ここから落ちればどうなるだろうか。死ぬ、んだろうな。ほぼ確実に。何をしているんですか?気配には気付いていた。だが敢えて気にしないでいた。聞きなれた声は慌てるでもなく、怒るでもなく、ただいつもと同じ表情のまま私の耳に滑り込んだ。そうね。強いて言うなら暇してる、かしら。貴女は暇だと、自殺未遂紛いなことをなさるんですね。くすくす。酷く穏やかにその声は笑う。靴の踵が床を弾く音がして、肩に掛けられたのは分厚い黒のコート。ねえ、ここから落ちるのって、どんな気分だと思う?そうですね。取り敢えず、どうしてそのような質問をなさるのかを伺いましょうか?単なる好奇心よ。それ以上でも以下でもない。へえ。僕にはまるで『試してみたい』とでも言いたげに聞こえましたけど。好奇心と実行は直結なのよ、アレン君。楽しいのなら試したいわ。では、君がそうなら、僕もそうします。死、ということに淡白なのは、職業上仕方のないことだ。普通なら竦み上がりそうな程のこの高所に足を投げ出して腰かけたって、湧き上がるのは子供のように無邪気で無鉄砲な、好奇の感情のみ。きっと、爽快でしょうね。何にも感じないまま、数秒であの世行きでしょう。あの世って、天国かしら、地獄かしら。さあ?…でも、そうですね、きっと、どちらでも ない。声色変えず、顔色変えず、そんな無節操な言葉を並べて、彼はまた微笑む。肩に引っ掛かった彼の団服を握りしめて、私は静かに立ち上がると、作り物の様な仮面の紳士に向かって呟いた。…帰るわ。そろそろ夕食の時間だもの。実行なさらなくていいんですか?生憎、私はまだ、天国にも地獄にも興味がないの。踵を返した私の背後で、ふう、と息を吐く音がした。


シャングリラ想像絵図


20080601
エクソシストの、どこかずれた感覚というか、普通じゃない面を書きたかったんだと思う