log | ナノ

目に痛い程に真っ白い、まるで外国の城と見紛うような美しい教会。ウェディングベルが高らかに響いて空に木霊し、同じく純白の鳩が…いや、それはさすがに飛んでいなかったが、そこは心の目で補って頂こう。
今述べたようにそれはそれは美しいチャペルの前には、幸せの絶頂にいる二人がしゃんと肩を並べて立っていた。光をいっぱいに受けてきらきらと眩しいウェディングドレスは、彼女を祝福しに駆け付けた多くの女性たちから図らずとも感嘆の溜め息を引き出す。照れくさそうに、けれど嬉しそうに花嫁ははにかんで、隣に佇む愛する人の顔を見上げる。深まった冬の夜空みたいに真っ黒いスーツを驚く程自然に着こなした新郎は、妻となるその女性を目を細めて見下ろした。

「……って、」

何で僕が解説しなきゃならないの。自分だけに聞こえる程度に呟くと、隣で彼らに見とれていたヒロインが不思議そうな顔をして僕を見上げた。

残念なことに、今恋人から夫婦になろうとしている男と女は、僕とヒロインではなかった。新郎の名は沢田綱吉。その妻は京子。中学卒業後からの交際が実を結び、晴れて本日結婚ということだ。…全く、僕らを差し置いて沢田もなかなかやるよね。

「京子ちゃんきれー…」

うっとりとした声色でそう言いながら、淡い水色のマーメイドドレスを着たヒロインは僕のスーツの裾を引っ張って、「恭弥もそう思わない?」と聞いてくる。無茶だ。僕が綺麗だとか美しいだとか思えるのは、この世でヒロインたった一人なんだから。
まあ、ヒロインの視線が笹川の妹に向いていることが唯一の救いである。ここで「ツナくんかっこいー…」とでも言い出したら、有無を言わさず木陰にでも引っ張っていってたっぷりお仕置きしてやるところだ。

ところで、どうして僕が結婚式になんて参列しているのか疑問に思う人も多いかと思う。元同じ中学、マフィアファミリーのボスだから…では勿論ない。その程度では僕がわざわざこんな群れまくりの場所に出向く理由にはなり得ないのだ。
じゃあ何かと言うと、ヒロイン、である(ていうかそれ以外有り得ないよね)ヒロインがしつこく一緒に行こうと誘ってきたからだ。友達と行きなよ、あんな群れてる場所考えるだけでも嫌と言えば、恭弥と行きたいんだもんと子犬みたいな瞳で僕を見るのだ。そんなんされたらもう、断れ、ないじゃないか。うっかり承諾してしまったら思いの外喜ばれてしまって、結局引っ張ってこられるままに教会まで来てしまった訳である。

「みんなー、投げるよー!」

笹川の妹がにこにこと朗らかな声を上げながら、手にしていた大した作りのブーケを掲げた。ざわざわと辺りが急に騒がしくなって、色鮮やかなドレスを纏った女たちが落ち着きなく彼女に近寄っていく。

「あ、ブーケトスするんだね!私ちょっと行ってくる」

握っていた手をするりと抜けて、ヒロインは人混みのほうへ走っていってしまった。彼女の優しく揺れる髪を見詰めながら、温もりが消えた手のひらを空しい気持ちで握り締める。

全く、本当に群れすぎだよ。ヒロインがいなければこんなとこもう二度と来たくない。僕とヒロインの結婚式は、人知れない二人きりの場所がいいな。ウェディングドレス着たヒロインは、この世のものとは思えないほど綺麗なんだろう。そんなヒロインを見るのは僕だけで十分だ(他の奴になんか誰にも見せてあげない)
…う、人酔いしてきたかもしれない…

そっと数歩後退りして、きゃあきゃあと煩い人集りから離れる。数メートル前にいるヒロインは、手を高々と上げている女たちを掻き分け割り込むことなど出来る訳もなく、こんなに遠くにいる僕の目にも届く程の場所で右往左往していた。そんなに頑張ってブーケなんて取らなくても、ちゃんと世界一幸せな花嫁にしてあげるのに…って何どさくさに紛れて恥ずかしいこと言ってるんだ僕?

くるりと笹川の妹が背を向けて、歓声の中ぱっとブーケを後ろに投げた。するとタイミングを見計らったようにびゅうと強く風が吹き、煽られた小さな花束は伸ばされた何本もの手を飛び越えて、ヒロインを飛び越えて、

―――ぽすっ

……ん?

真っ直ぐ目の前に飛んできたそれに思わず両手を前に出すと、それは吸い込まれるように僕の手に落ちた。
気まずい沈黙。あらゆる視線が僕に注がれる。何事かと笹川の妹がきょとんとして振り返る。

「あれ、ひっ、雲雀さん!?」

遅れて聞こえて始めた溜め息に混じって、来てくれてたんですか!と沢田の心底驚いた声が聞こえてきた。煩いな、好きで来たんじゃないよ。と少しむっとしていたら、ヒロインがぱたぱたと小走りに戻ってくる。

「あーあ残念、ブーケ取ってみたかったなぁ。まさか恭弥が取っちゃうなんて」
「じゃああげるよ。僕は要らない」

ブーケをヒロインの胸元に押し付けたら、「そういう問題じゃないよ恭弥」と言いながらも素直にそれを受け取り、心なしか嬉しそうだ。

「…別にいいんじゃない?ヒロインの代わりに僕が取ったんだし」
「え?」
「ヒロインは誰と結婚するつもりなの」

ぱちぱちと大きな目で瞬きしてから、ヒロインはかああっと顔を火照らせる。俯いてしまったヒロインに思わず口元が緩んだのを感じた。

「え、えっと、き…恭弥のつもり…だけど…」
「僕もヒロインのつもりだけど」

ごにょごにょと言いよどむヒロインの、ブーケを握り締めた手に自らのそれを重ねる。緊張したようにぴくりと震えるそれをきゅうと握ってやれば、困ったような顔が僕を見上げてくる。きっと僕はこの先、この子以上に人を好きになることなどないだろう。

「今すぐにでも雲雀ヒロインになるかい?」

顔を埋めた彼女の頂は、春の花のような香りがした。


//20080525