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それは、冬の寒さを感じさせないほどに麗らかな陽が射した、ある日曜の昼下がりのことだった。

「ひっばりさーん、こんにちは!」

騒がしい声と共にノックもなしにドアが開かれ、間隔の狭い足音が応接室に入ってくる。風紀委員長のテリトリーである部屋でそんなことが出来るのは一人しかいない。見れば、予想に反せずそこにいたのはヒロインだった。部活にも入ってない彼女が一体なぜ休日の学校に居るのだろう。何をするわけでもなくソファーの背に凭れぼんやりと窓の外を眺めていた僕は、解りやすい溜め息を一つ吐いてやった。

「何、いきなり。僕は仕事で忙しいんだけど」

正直、こんな生温い陽射しで部屋が一杯になるこの時間に仕事などやる気がせず、気晴らしに不良でも何匹か咬み殺してこようかなと思っていたところだった。よって忙しいなどとんだ嘘っぱちだったが、ヒロインは僕が忙しかろうが暇であろうがそんなことはどうでもいいらしい。

「親戚のおば様から美味しい苺をいただいたんです!すっごく甘いんですよー」
「君はほんとに話を聞かない子だね」
「あはは、それほどでも!」
「褒めてないことぐらい解れ」

調子が狂う。僕はもう一度溜め息を吐き出すと、持って来たビニール袋の中身をがさがさとまさぐるヒロインを改めて見詰めた。僕への差し入れを目的として登校したのだから当たり前といえばそうなのだが、ヒロインは私服だった。最近二人で出掛ける機会があまりなくて、制服姿のヒロインしか見ていなかったから余計に新鮮だ。

「私これでジャム作ったんですよ!今度持ってきます、…ね…」

そんな短いスカート履いて、僕以外の男が見るじゃないか。可愛い君を見るのは嫌いじゃないけど、可愛い君を他の奴に見られるのは許せないな。

「…あの、雲雀さん?」

はっと我に返った僕の目の前で、ヒロインが手のひらを左右に振っていた(話を聞かないのは僕もだったようだ)

「どうかしました?」
「…何でもない。考え事」
「…考え、ごと」

ヒロインは手をぴたりと止めて、力なくぱたんと下ろした。曖昧な笑顔に次いで、「そうですか」…全く、解りやすい。

「ヒロインのことだよ」
「、え」
「スカート。短すぎ」

言いながら指差したスカートを反射的に見下ろして、ヒロインは小さく笑いながら裾を下に軽く引っ張った。

「なんだ、…そっか。はは」

ヒロインはまたぱっと花みたいな笑顔になる。特技と聞かれたら百面相と答えるべきではないだろうか。二人でいるときに考え事なんて言ったから淋しくなったんでしょ、ほんとに感情を隠す術を知らないのかなヒロインは。

「ね、雲雀さん、赤くって美味しそうでしょ?」

差し出されたパックには、大粒の艶々した苺がぎっしりと詰まっていた。ふぅん、と呟きそれを取るふりをして、僕はヒロインの腕を掴んでぐいと引っ張った。

「きゃ!?」

僕の胸の中に倒れ込むヒロイン。苺はパックごと僕の手のひらの上。

「うあ、ひ、雲雀さん!な、なんですかぁーっ…」

構わず片手でぎゅうと抱き締めれば、ヒロインは頬を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。

「ほんとだ」

苺を無造作にテーブルに置くと僕は自由になったもう片方の手でヒロインの熱い頬を包み、唇の触れるすれすれのところまで顔を近付けた。

「赤くて美味しそうだね」
「な…っん!」

有無を言わさず塞いでやった唇は、甘い苺の味がした。


スイートベリー、キスを頂戴/20080217