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朝目覚めてベッドから身を起こしたとき、何となく体が熱いかなあとは、思ってたんだ。けれど、きっと暖房に当たりすぎたんだと簡単に結論付けて、肩に大きめのカーディガンを引っ掛け部屋を出た。入れたてのココアを持って談話室へ向かった私は、そこでばったり一人で読書中だった山本と居合わせた訳だけど、広いソファの肘掛けに凭れて足を抱え、マグの温かさを両手のひらで感じながら正面の彼をぼんやり眺めているうちに、だんだんと目の焦点も合わなくなってきた。くらりと重い頭を傾げると、動きに反応した山本が目を上げた。彼の丸くなった瞳を朦朧と見詰めながら、篭った熱をなんとか放散しようと息をふーっと長く吐き出すと、何故だか山本が頬をほんのりと赤くしたように見えた。それから少し考えるようにして、ソファの上を膝で移動してきた彼は、「誘ってるのか?」なんて変に真剣な顔で私の顎をついと指で掬うから、その見当違いの頭を押し退けてやろうと思ったその瞬間に、ぐらりと世界が回った。意志とは関係なく崩れていく体勢で、咄嗟にマグカップを奪われ体を抱き止められる衝撃と、耳元でうるさい叫び声だけを感じて、私は意識をぷっつりと
途切らせた。












「風邪ね」

ぺたりと私の額に濡れタオルを乗せながら、ビアンキは呆れたように肩を竦めた。しかしその隣にいた、まるで峠に差し掛かった病人にするように私の手をぎゅっと握っていた山本は、ハラハラとした表情から一変安堵したようにほっと息を吐く。

「このところ任務続きだったしな…その過労がたかったってとこか」
「季節の変わり目なんだし、あんまり無理しちゃ駄目よ」

体温計や薬箱を抱えて立ち上がったビアンキは、また来るわ、と言い残して部屋を出ていった。すると、待ってましたと言わんばかりに山本は私の額に自らのそれを寄せ、あちぃな、と呟いて私を布団ごと抱き締める。慌てた私は、力の入らない腕で彼を押し退けようとした。

「やめて、うつる」
「うつして。そんで俺が寝込んだら、ちゃんとお前が看病してな」
「駄目よ…見た目より結構しんどいんだからね、これ」
「だったら尚更、じゃね?」

山本は私の開いた首もとに顔を埋めながら、ぎう、と更に腕に力を込める。こうされたら私にはもう何も出来なくて、ただなすがままに、少しだけ冷たい山本の肌に熱を預けていった。

「やま…山本…やま、もと…っ」
「ん…?」
「…まも、と…」
「…ん、もう大丈夫だから」

何が大丈夫なのか欠片も根拠などないだろうに、彼にそう宥められただけで、ああ、大丈夫なんだなぁ、なんて納得してしまった。ぎゅっと彼の肩に顔を押し当てると、暫くしてから山本の声に動揺の色が混じるのが分かった。

「…どーした、?」
「…ちょっとだけ、はなし、かけないで」

ぐす、と鼻を啜りながら言うと、山本はそれきり口を継ぐんで、私の背中を優しく撫で続けてくれた。どうも人間のメカニズムというものは、体が弱ると心も弱るらしい。どうしてこうも視界が潤むのか、自分自身よくわからなかった。悲しいのか苦しいのか、怖いのかもしれない。この私が情緒不安定で、愛しい人にこうして涙を悟られる用な真似、無様で、なんてカッコ悪いことだろうか、

…でも、

こうして抱き締められるのも久し振りだったから、これはもしかしたら、私は嬉し泣きしているのかもしれない。彼の背中に手を回す私の、未だに曇る視界の端で、薄い湯気を立てるマグカップがこちらを見ている。優しいココアの香りがした。


//20100410
実は約1年前に書いたもの