log | ナノ

「なーなーたけ兄」
「ん?」
「トリックオアトリート!」
「…へ?」

目の前につき出された小さな手に、山本はぽかんと口を開けた。男の子はぷくっと頬を膨らませて、ん、と更に手を伸ばしてくる。

「トリッ…?わり、俺英語はからっきしでなー」
「え!?たけ兄、たとええーごのテストがれい点でも、はろうぃんは知ってなきゃだめだろ!」
「ハロウィン?ははっ、ハロウィンなら知ってんぜ?年に一回、カボチャを飾る日だろ?」
「………」

沈黙する少年に構わず、山本はそのニコニコ笑いを絶やさない。少年はごほんっと咳払いをすると、ニヤリ、と含み笑いを浮かべた。

「…じゃ、いたずらだ」
「? い… ッ! ぶはっ、ちょっバカやめっ、あははははは!」

首を傾げたところに男の子に飛び付かれ、脇やら足の裏やらくすぐられて、山本は弾けるように笑いながら腹を捩った。小さな男の子と草むらに倒れ込みじゃれあう彼氏の姿を、私は少し離れたところから苦笑い気味に眺めていた。




「ほんとに知らないの?trick or treat」

少年が家路についた後、私がころんと舌の上で飴玉を転がしながら聞くと、戻ってきた山本は汚れた背中をはたきながら肩を竦めて肯定する。

「ああ。悪戯って言われたけど…どういう意味だ?」
「悪戯はtrick、treatはお菓子。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞってことだよ」
「へえ、なんかおもしれーのな!」
「もう…さっき悪戯されたばっかりのくせに」
「あいつはいっつもあんなことするからあんま変わんねえよ」

陽気に笑う山本に溜め息を溢すが、それも子供と仲睦まじい彼に対する愛しさから来るものだ。やれやれ、と苦笑いを浮かべると、いきなり山本は何かを思い付いたような顔をした。なーなーと肩を叩かれて見れば、全開の笑顔がそこにあった。

「とりっくおあとりーと!」
「…え」
「な、面白そうだから俺もやりたいハロウィン」
「ごめんあたしお菓子持ってない」
「うっそつけ、お前飴食ってるくせに」
「これが最後」
「へー…じゃあ、悪戯な」
「な、」

ぐっと腕を横から強く引かれたかと思えば、口をきく前にそれを塞がれる。

「う!?」

驚きに思わず飴を飲み込みそうになるが、山本の頭が私よりも下がって、飴は重力に逆らうことなく山本の唇に転がり落ちた。飴玉を奪われた私の口内を、それでも離れようとしない山本の甘い舌が荒らす。ぐらりと視界が回る頃に漸く彼は顔を離したが、その長く逞しい腕は私の腰を引き寄せていた。

「へへっ悪戯成功」
「…飴まで盗った。お菓子か悪戯かでしょ」
「わり、俺欲張りだから」

そうしてまた、本当に子供みたいな顔で笑うのだ、彼は。そして私は何も言えなくなってしまう。火照る顔を隠すように、再び私は浅く溜め息を吐いた。

20081031
ハロウィン企画