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綺麗なもの程壊れやすいと、誰かにそう説かれた訳でもなく、今までの経験から俺はそれを知っていた。しかし、美しいもの程触れてみたくなるということも知っていた。彼女は良い例だった。

「どうしたの山本くん、眉間に皺」

人差し指を伸ばして俺の目の間に触れる君の瞳に、俺はどんな風に映っているのだろう。俺から見たお前は、例えるならガラス細工、泡沫、線香花火、六等星、小さな魚…ああ、俺の乏しい言葉のレパートリーの中ではこれが精一杯だけど、とにかく儚いものってこと。美しく愛しく脆いものってこと。触れたくなるのが怖くなるものってこと。

「何でもねぇ、よ」
「考え事?」
「…ん。ちょっとな」

自分と同じ生き物だとは信じがたいくらい、この少女は殊更壊れやすく見えた。なんて臆病な、とひとり苦笑しながら、頭を撫で、抱き締める。力を込めたらぱきりと折れてしまうだろうか?いっそのことお前が、形のないものであれば良かったのに。いや、それも駄目か、形のないものは壊れない代わりに目にも見えない。それはとても惜しい。彼女は何も聞かないで、ただ俺の好きにさせてくれた。小さな手が俺の背中を滑る。俺も同じように彼女の背中を撫でた。不意に口付けたくなった。強く引き寄せたくて腕が震えた。破壊衝動に近いそれに、俺は更に眉根を寄せて唇を噛む。こんなこと俺が考えてるって知ったら、お前は怒るんだろうけど。

「しあわせだあ」

俺の胸に顔を埋めていた彼女が、くぐもった声で呟いた。俺は咄嗟に意味を飲み込めず、動かないままの小さな頭を見下ろす。

「山本くん、あんまりこうしてくれないから」

笑い声は空気に溶けてしまう。それでも、再び抱き締め返してくる彼女の手は、恐れてばかりの俺よりずっと力強かった。俺は彼女にキスをした。俺が思う程、彼女は弱くはないみたいだ。


//20080917/mutti