その子はまるで、夜のような女の子だった。彼女の真っ黒な髪や瞳が、必要以上に口をきかない物静かなところが、俺にそう思わせるのかもしれない。
「あなたはまるで朝のような人ね」と、君は云った。「世界をキラキラさせるけど、それが永遠のものじゃないって解っているから、たまにとても哀しそうな顔をする」と、君は、云った。
星が綺麗な夜だった。午前までの曇天が嘘のように、夜闇はよりいっそう深みを増していて、宇宙のはじっこまで見渡してしまえるのではないかと錯覚する。星がこんなにも眩しく輝けることを、天体観測が好きな彼女と出会って、初めて知った。
「綺麗でしょう」
唄うように呟いた彼女の声に、俺ははっとした。成る程確かに、つい我を忘れて見入ってしまうほど、今日の夜空は美しい。大きさの不揃いな黄色い星がいくつも吊り下がり、静かに俺たちを見下ろしていた。
「世界がどんなに汚くても、星だけは綺麗なままなのよ。この世が生まれたそのときから、何にも変わらないの」
彼女は、手にしていた単発銃をそっと撫でた。今日も昨日も一昨日も、人の命を奪ってきたそれは、月明かりを受けて鈍く、嘲笑うかのように光る。
「私が死んで星になっても、あんな風には輝けないわ、きっと」
「…それは俺も、同じだな」
「星に生まれたかった。こんな醜い人間じゃなくて、誰にも気づかれないくらい小さな星でよかった」
そうすれば、こんなに苦しくなかったのに。そう声を震わせた彼女を、俺はそっと抱き寄せる。
「俺はお前が人間で良かった。お前が星屑じゃ、俺が見付けるのに何年かかるか解んねぇだろ?」
「簡単だよ。武も一緒に星になればいい」
「ああ、そっか。でもそれじゃあ、こうやって抱き締めたりも出来ねぇよ」
頭の下にある漆黒の髪は、まるで星を振り掛けたみたいにきらきらしていた。沈黙の後、いつもは凛と清んだ声が、凍えたように震えながら「それもそうね」と呟いた。
「お前は汚れてなんかない。星に負けねぇぐらい綺麗だ」
「…変わらないね、武は」
「そう言うお前こそ変わってないだろ?」
そう、ずっと。寂しがりやのくせに無愛想で、星が好きで、そして俺が何より愛しい女の子。世界がどんなに変わろうと、その事実だけが変わらずここにある。
「むしろ俺は、弱くなった。お前がいなくちゃ生きられなくなった。雲雀に言わせりゃ草食動物だな」
「それは私もおんなじよ。心はうさぎみたいに無力だわ」
「うさぎって寂しかったら死んじまうんだろ?だったら俺ら、ずっと一緒にいような」
「それは無理よ。ボスに捧げた、いつ尽きるか解らない命だもの。それにうさぎは寂しくても死なないの、もともと団体行動だってしないし」
「…じゃあ、俺がお前を食べて、ひとつになっちまうってのはどうだ?」
彼女にひとつ口付けて、からかい半分にそう提案すれば、
「……素敵」
ああ、やっと笑った。
20080710
主催企画「カクテルベリーにキス」に提出