log | ナノ

「アレン、この戦争が終わったら、私と結婚してくれますか?」
「勿論、喜んで。そうなったらどこか静かなところでのんびり暮らしたいですね」
「私、子供は男の子が欲しいな。アレンにそっくりなかわいい男の子」
「僕はあなたみたいな女の子がいいな。もしそうなったら相当親バカになりそうですけど」
「ふふ、それはお互い様だよ」



そうして幸せな将来を語ったのはいつだったかすら、今の僕には思い出せなかった。目の前にいるその相手、彼女の腹部からの出血は救うにはあまりに多すぎた。血の気の引いた白い顔に手を添えたところで僕には何も出来ない。小さな小さなろうそくの炎みたいな命が尽きていくのをただ見ていることしか、出来ない。

「アレン…」

君は泣いていた。傷口が痛むのが原因ではないことは解っていた。彼女も自分がもう生きられないことを理解しているのだ。
君は泣いていた。それでも、精一杯笑っていた。僕が大好きな柔らかい笑顔、その頬に雫が伝っている以外は本当にいつも通り。目の前の少女がもうすぐこの世界から消えていくなんて悪い冗談みたいだ、そしてもしそうであればどんなに良いだろう。
強く握った手は酷く冷たかった。彼女の指先から流れこんでくる感情、いやだ、いやだ、本当はまだ死にたくない。しかしそれを必死に押し込んで死を受け入れようとしている彼女が悲しくて、こんな酷い世界にこの子を放り込んだ神を恨んだ。

「もっとアレンと…いろん、なこと、したかっ…たな…」

途切れ途切れ君は言葉を紡ぐ。切ない笑顔は不安そうに歪んで、やがてくしゃくしゃした泣き顔に変わる。僕はそれに幾分ほっとした。無理矢理笑って死んでいってほしくなかったから。でも強がりな君は、やっぱり最期まで弱音を吐かなかった。ただ僕の胸に縋って、泣き声を殺しながら言った。

「おねがい、わたしを、忘れないで…」

まだ温かい唇が僕の頬を掠めた瞬間、彼女の体は静かに崩れた。僕の愛しい人が生きていた証拠はまだ乾かぬままの涙の痕だけだった。なぜかついさっきまでは出てこなかった涙が、堰を切ったように溢れだした。抱き締めた体は小さすぎた。綺麗すぎる君の顔に何度も口付ける。こんなに愛しい存在を、忘れられるわけがなかった。幸せな未来での約束を、忘れられるわけがなかった。


ねぇ、あなたは天国ってところに行ったのかな。そこでは、ちゃんと僕が大好きだった笑顔で笑っているのかな。それならそれで良かったと思うんだ、こっちの世界で戦うことに君はとても苦しんでいたから。
僕は君のこと忘れてないよ、声や感触の記憶がだんだん薄れていくのが悲しいけど、でも君に抱いていた想いは変わってない。触れられないって知ってて、届かないって解ってて、それでも僕は、何度でも君に恋をする。愛しかったって、そんな記憶を僕の中に留めておけるだけで幸せだったんだ、だけど本当は、


『アレン、この戦争が終わったら、私と結婚してくれますか?』


本当はもっともっと、あなたと一緒に居たかったです。

きっともう出来ない恋だから

//20080122
報われない純愛