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何年前のことだろう。今より数倍厳格で自由の利かなかった教団で、幼い私はいつもひとりぼっちだった。おもちゃなんて無くて、数少ない子供とも馴れ合えず―――そもそもその時点で私が存在を知っていた子供は、無口な日本人の男の子と、どこかに拘束されているらしい女の子ぐらいだったんだけど。
朝起きてご飯を食べ、鍛練、検診、また鍛練。シンクロ率を上げることを強要され、話し相手なんていなくて、一度も口を開かないまま一日を終えることなんてしょっちゅうだった。それでも、子供ながらにそれが自分の運命と理解していたから、特に寂しいとか、思わなかった。

窓を開けて身を乗り出すと、氷みたいに冷たい空気が肌を刺した。吐く息は真っ白。また今年も冬が来るのだ。こうして、この談話室の大きな窓から、突き抜けるような夜空を見上げるのが好きだった。墨汁みたいに黒い空に転がった明るい星は、まるでまだ見慣れぬイノセンスのようだ。
その時、鍛練で修得した鋭い神経が、背後の人の気配を拾った。驚いて振り向くと、佇んでいたのは目に痛いくらいに髪の赤い男の子。向こうも私と同じくらいびっくりした顔で言った。

「…おっどろいた。完全に気配消してたつもりだったのに」

初めて見る子だった。自分と同年代の子に見慣れていなかったせいで、酷く驚愕したのに、頭はしんと冷静だった。私は無言のまま、さしてその子に興味も示さず、こちらの方がよっぽど面白いとばかりに視線を空に移した。すると少年はとことことやって来て、私の隣にちゃっかり陣取ると、同じように空を眺めようと身を乗り出した。私は思わず彼の服に手を伸ばす。

「…危ないよ」
「ヘーキさ。おれにはこいつがあるから」
「…?」

指差された彼の腰に差してある小槌を見て私は首を傾げたが、それ以上追求するほど関心もなかったので、私は納得した振りをした。

「キレーさねー」
「…寒そう」
「えっ?」
「おほしさま、寒そう」

喋る度に口から白い煙が零れる。頬っぺたが風の冷たさに冷えていくのが解った。

「…寒、そう?」
「だって、お外はこんなに寒いのよ。あんなに暗いところ、わたし毛布持っていってもヤ」
「…それは違うさあ」

私を痛いほどに見ていた男の子は、私が彼を見たときには、その翡翠のような目を空に向けていた。そして夢見るように言う。

「空にはヒーターがあるから大丈夫なの」
「ひーたー?」
「うん、お日さまのこと。お日さまはたかーい空にあるけど、おれらんとこまであったかくしてくれるだろ?お日さまはすっごく熱いんさ。だから、空はいっつもあったかいから、星も寒くないんさ」

よく意味が解らず、私はしきりに眉を潜めて考えた。どういうこと、と今度はちゃんと聞いたのに、男の子は優しく笑うだけで、何も答えてはくれなかった。

不思議で可笑しな子だとその時の私は思ったけれど、きっとどこかで孤独を感じていた私を、彼なりに慰めてくれていたんだって、今なら解るよ、ラビ。












「―――、」

体をそっと揺すられて目が覚めた。頬に感じる固い木の感触。瞼を開くと、ガラスに映った私の寝惚け顔と、苦笑したラビが見えた。

「起きたさ?こんなとこで居眠りして、風邪なんてひいたら婦長にどやされるぜ」

ぱち、と瞬きして、手の甲でぐりぐり目を擦って、私は冷たい窓に額を押し付けた。昔、空を見上げるために毎日訪れていたここは、以前のコムリンの襲撃で破損し、修理のついでに小さく改装されてしまった。それでもそこから見える夜空の風景は、何も変わってはいないけれど。

「…夢を、見てた」
「夢? 何の?」
「…むかーし、の」
「…ふうん」

解ったのかそうでないのか曖昧な返事をして、ラビは私の隣にぺたりと座り込んだ。まるであの日とおんなじ。カタリ、と私は窓を開け放ち、入り込む寒風に肩を震わせながら、薄く光る星の群れに目を細めた。


//20081107