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―――早く、早く、早く

ひゅんひゅんと窓の外をスクロールしていく景色を眉をしかめて見詰めながら、俺は焦れったく人差し指でとんとんと太股を叩きつつ心中で何度もそう唱えていた。今回の任務は予想以上に長引いた、一ヶ月と一週間だ(ほんとは二週間程度で終わるはずだったのに)愛しくて恋しい彼女に、ヒロインに会いたい、会いたい会いたい会いたい。溢れる想いに頭がパンクしそうだ、こんなにも自分が一人の人間に執着するなんて後にも先にもこれっきりだろう。
列車は徐々に速度を落とし、見馴れた風景が窓に映る。やっと着いたかと俺は早くも立ち上がり、到着を報告しにきた探索部隊への返事もそこそこに下車する。そびえ立った黒の教団に向かうべく駆け出した俺の背後から聞こえた声は、

「ラビ!」

振り向けば苦笑いを浮かべたヒロインがこちらへ小走りに近付いてくるところだった。

「お帰り、今回は長かっ」

突然のことに声を出すことすらもどかしくて、俺は強くヒロインを抱き締めた。数秒腕の中で硬直したヒロインは、徐々に状況を理解してくる。

「え、えええ、ちょっとラビ、ここ駅…っう ん!?」

そんなの知るかとばかりに俺はヒロインの唇に噛み付くと、久々の感覚に酔いしれてそのまま深く口付けた。さすがにヒロインも抵抗する、しかし俺の力に叶うはずもない。ようやく口を離したときにはヒロインはふらりと俺の胸の中で崩れて、しかしめげずにじっとりと睨むことも忘れない(上目遣いで凄んだって怖くねぇっつのに)

「ほんっとに、突拍子がな…いな」

俺は小さく微笑んだ。久し振りの声、感触、匂い、ヒロイン…ヒロイン。そんな皮肉さえ愛しく思えるんだから救いようがないと言われたって仕方ない。
二人だけの空間が欲しくて、俺は人が行き交うその駅でイノセンスを発動させ、一気に教団の俺の部屋まで飛んだ。

「は!? ちょっ、ラビ!ラビ!?」

急展開についていけないらしいヒロインは、風を受けながら俺に慌ててしがみついた。温もりが嬉しくて、加減など考えている余裕すらなく、力任せに抱き締め返す。
あっという間に辿り着いた小さな窓から器用にヒロインを下ろすと、俺も続いて中に入り素早くイノセンスを手繰り寄せる。乱れた髪もそのままにほけっとしているヒロインに、倒れ込むように抱き付くと、彼女は小さな悲鳴を上げた。

「ラ、ラビ…ッ」

柔らかな頬を撫で唇に噛み付き、まるで言葉を知らない獣のように、俺はそれを繰り返した。しかしヒロインの方はといえば、苦し気なしかめっ面をしていることに気付いて、俺は急に不安になり身を少し引いた。

「…ヒロイン…」
「…やっと喋った」

ヒロインは呆れたように溜め息を吐くと、俺の頬に手を当てる。相当情けない顔をしているに違いない。しかし彼女は穏やかな微笑を浮かべた。

「大丈夫?」
「…ああ、平気さ」

よしよし、と頭を抱くように撫でられて、不思議と高ぶった気持ちが落ち着いてくる。凄いな、ヒロインは。次期ブックマンで、心を持っちゃいけない俺の感情をこんなにも左右させる。

「ごめんな。怖がらせちまった?」
「…大丈夫。ちょっとびっくりしたけど、ラビはラビだもん」

きゅ、と背中に回された細い腕のせいで、治まったはずの興奮が再発する。は、と堪らず熱い息を一つ。ヒロインの服に手を掛けると、びくりと俺の下の体が強ばった。

「え、ら、らび」
「ごめんさヒロイン、」

言い訳しようと思ったのに、おかしなことに頭がさっぱり回らない。ヒロインのことでもうすでに容量オーバーだ。それに。

「会いたかった」

理由なんて、こんなちっぽけな言葉ひとつで十分だろう?


レッドジャックは愛の海に沈む/20081026