log | ナノ

理由を一度だけ聞いたけど、彼女は黙って首を振って、その顔を上げてはくれなかった。ただ酷く上擦った声で、「ごめん」、呟くその姿がとても小さくて脆く見えたから、俺は思わず彼女を部屋の中に迎え入れた。ぽろぽろ溢れだす彼女の涙は、きっと放っておいたら、小さな海でも作ってしまうんだろう。そんなことを無意識に考えてしまうくらい、目の前の少女はまるで悲劇のヒロインみたいに泣いていた。頭を撫でて抱き締めて涙を拭ってやって、たっぷり甘やかし慰めてやるのは簡単だろうけど、なんだかそれは違う気がした。
じ、っと彼女を黙って見詰めていたら、どうして泣いているのか解ったような気がしてくる。嗚咽さえ洩らさずに肩だけ揺らして、自分から俺を訪ねて来たくせに、まるで心配をかけたくないみたいだ。しかしこれはもう、彼女の癖なのかなと俺は思った。誰にも気付かれないように静かに泣くことに、この少女は慣れてしまったのかもしれない。
手を上げては伸ばし、しかし触れる数センチ前で躊躇って結局届かない。下向いたお前は俺がそんな葛藤してたことなんて知らなかっただろうけど。彼女に触れるのを諦めた俺は、しゃくりあげる肩と一緒に揺れる黒髪を見詰めた。髪、切ったんだ。ユウと張り合うくらい長くて綺麗な髪だったのに、今はもう肩にも付かないくらいに短い。苦しかった。理由なんて俺が知りたいくらいだったけど何でか、苦しくて苦しくて堪らなかった。目の前にこんな傷付いた女がいるのに何も出来ない俺なんか、きりきりと痛む胸がそのまま潰れて呼吸が止まってしまえばいいと思う。

「俺にしとけば」

は、と次に自分の喉が動いたのを意識したときには、もうその言葉はふたりの鼓膜を震わせた後だった。本当にちいさな、今にも微風に掻き消されてしまいそうな音だったんだけれど。何を馬鹿なこと言ってるんだと思った、多分あいつも同じこと思ったんだろう、俯いたきり動かなかった彼女はやっと頭を上げた。赤く、きっと熱くなってるんだろう目元を直視したら、今まであんなに臆病風に吹かれてた自分はどこに行ったんだと拍子抜けするくらい、喉の奥で絡まってた言葉たちがするすると口から滑り出す。

「俺に、しとけば」
「…ら び、」
「俺なら絶対幸せにするのに…」

ほんの少し光を取り戻した瞳が俺を見詰める。俺は奥歯を噛み締めて、必死に優しく、彼女の涙に触れた。こんなにぼろぼろに傷付いて、それでもお前は、俺を受け入れてはくれないんだろ。何かに、誰かに縋りたいって、そんな瞳をするくせに、それでも俺をお前の中に入れてはくれないんだろう。こうして俺らはすれ違ってばかり。こんなに痛くて悲しいなら、恋なんてするもんじゃないなぁと思った。

LOVE LESS

//20080813
へたれた兎と失恋彼女