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じ、っとこちらを見詰めてくる視線のくすぐったさに耐え兼ね、俺はふと手を止めて顔を上げた。真正面で膝を折り、まるでアリの行列に見いる子供のように、彼女は俺の目を覗き込んで言った。

「ラビの瞳の翡翠色、私、好きよ」
「…そう。ありがと、嬉しいさ」
「本当に?」
「え?」

問われた意味が解らなくて思わず洩れた声に、目の前の少女は眉ひとつ動かさず、無機質な無表情で俺の頬に触れた。

「嘘でしょう。嬉しいなんて、思ってないくせに」
「…なんで、そう、思うの」
「あなたは心を持たない人間のはずだからよ」

するりと彼女の指が俺の肌を滑り、とんと、右目を覆い隠す眼帯に触れる。

「そうでしょう? ブックマンJr。あなたには好きも嫌いも、嬉しいも悲しいも無いんでしょう」

これは彼女の皮肉だろうか。彼女を愛さない俺への軽蔑なのか。貼り付けた愛想笑いにひびが入っていく。

「ラビ。うさぎの目が赤いのは、泣き腫らしたからなんですってね」
「…メルヘンの世界では、ね」
「でもラビの瞳は赤くないわ」
「だって俺うさぎじゃねぇもん」
「違うよ。ラビはラビットでしょう」
「…だか、ら」

そうじゃないって何度言えば、と抗議しようとすると、彼女が小さく小さく目元を緩めたので、その言葉は呆気なく迷子になってしまった。珍しい笑顔。でもほんの少し、悲しい笑顔。

「ラビは涙を流さないから、目が赤くならないのね」
「…だって俺、ブックマン後継者さ。泣いたらじじいに怒られるから」
「そうだね」

すっと白い腕が伸ばされたと思ったら、次の瞬間には彼女の胸に抱き締められていた。俺の髪をゆるりと少女の手が撫でる。

「じゃあ、ブックマンには、秘密にしておいてあげる」

震える肩が見えたから、その背に腕を回せない代わりに、そこにぎゅうと額を押し付けた。
涙が出たらインクが滲む。だから俺はずっと、感情を殺して記録だけをしてきた。それなのにこの小さな手は、俺が自ら壊した心をあまりに優しく修復していく。

しとしと、しとしと。俺の涙は、恐らく彼女しか知らない。彼女の涙もきっと、俺しか知らない。


//20080731
weep、人知れず、泣く。