log | ナノ

「はい」

目の前に差し出された段ボールを思わず受け取ると、ジョニーは満足そうに頷いて、それで最後だからね、と言って踵を返した。何がなんだか解らない私は、去っていこうとするジョニーを慌てて引き止めた。

「ジョ、ジョニー? これ何?」
「え? 何って、女性用の衣装だよ。ハロウィン仮装の…」

思わず受け取ってしまった私は、その言葉にぎくりと肩を強張らせた。コムイさん主催で、仮装必須のハロウィンパーティーが催されることは知っていた。パーティーは好きだ。けれど、仮装とか、コスプレとか、私はそういうのはちょっと好まないというか…柄じゃないというか…
浮かない顔をする私をジョニーは不思議そうに覗き込んで、「どうかした?」と聞いてきた。本音を告白するのを大いに躊躇わせるような、きらきらした瞳に私はひくっと喉を引きつらせる。

「ヒロイン?」
「あ、…うん、解った。ありがとう…」
「うん、じゃあまた後でね!」

ハッピーハロウィーン! と言い残して今度こそ去っていくジョニーの背中を、私は黙って見送ることしか出来なかった。手元の段ボールに視線を落とす、これが最後だと言っていた。何のことだろうと蓋を開けたら、中に入っていたひとつの黒い布地が瞳に映った。












「入るぞ」

ガチャリとノックもなしに突然ドアが開く。全身鏡を絶句して見詰めていた私は心臓を盛大に跳ね上げると、慌てて近くにあったカーテンに手を伸ばし身をくるんだ。訪問者、というより侵入者の神田はカーテンにぐるぐる巻きになっている私に、全力で不審な視線を向けた。神田は団服のままだった。任務帰りだろうか。

「…何してんだ」
「…ミノムシごっこ」
「………」

もっとマシな言い訳はなかったのかと私は今更自分を責めた。神田は思い切り怪訝な顔をすると、ドアを閉めて部屋の中へと入ってきた。ぎくりとした私は、カーテンをぎゅっと握りしめ、彼がこちらに来るのをなんとか阻もうとする。

「うぁ、か、神田! 何かご用かしら!?」
「別に」
「そ、そう! じゃあ私着替えの途中だから、あの、その」
「何にだ?」
「!!」

しまった墓穴! と思ったときには、神田にカーテンを剥がれてしまった。ひらりと翻る黒のレースに神田が驚いた顔をする。無理もなかった。寒気から肌を守るべきローブは全く役目を果たしておらず、スカートはふりふりのひらひらな上にかなり短い。山高帽がついている辺り魔女モチーフらしいが、こんなにも露出しまくりの魔女寒々しいったらなかった。完全にリナリーの趣味だ。私はベッドシーツに手を伸ばしたが、先読みされたのかぱしりと神田に手を捕らえられ叶わない。あまりの羞恥に、私はとうとう癇癪を起こした。

「み、見ないで…やっ、見るな見るなばかぁ…ッ」
「冗談。こんな良いモン滅多に見られねぇだろ」
「わっ、私好きで着た訳じゃっ…ッ…」

だってジョニーに、着るも同然のことを言ってしまった。どうしてもパーティーに参加するなら団服のコートを羽織っていこうと思っていたのに。見苦しい姿をよりにもよって最愛の人に見られたと思うと涙すら込み上げてきて、こんな下らないことで泣きたくなかったのに、堪らずしゃくり上げる。神田はそんな私にそっと顔を近付けてきて、潤む目尻に唇を触れて言った。

「…何泣いてんだ」
「…みっとも…ない…」
「そんなもん俺が決める。…まあ、この脚が眩しくて目の毒なことは確かだけどな?」
「ひや、っ」

大きく晒け出された太股を手のひらで撫で上げられて、私は予想外のそれにびくついた。反動で涙が一粒滴り落ちる。神田は口元に深く笑みを刻む。

「お前のそんな格好なんざ、誰にも見せてやらねぇよ」
「で…もっ、でも、パーティーが」
「俺とお前だけで十分だろ?」

耳朶をくすぐる吐息と艶やかな声は、止まらない体の震えに拍車をかけた。許容と拒絶を選ばされれば、答なんてひとつしか残っていないも同然で。唇を噛んで頷くと神田は満足そうにくつりと笑い、ヒロイン、と柔らかいテノールで囁いて口付けた。

「甘いもんは嫌いだが、お前は美味く食べてやるよ」

その声の方がよっぽど甘ったるいことを、彼は知っているのだろうか。


//20081031
ハロウィン企画