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※ 神田先生。



明らかに日本国言語ではない文字がずらりと並んだプリントを、ぐしゃぐしゃに丸めて放り捨てたい衝動を辛うじて堪える。異常にページ数が多い辞書をひたすらに捲りながら、まるで囚人を見張るかの如く私をずっと監視してる英語教師に、私は思い付く限りの罵詈雑言を心の中で並べ立てた。色白だの女顔だの体脂肪率負の数値だの、その大概が事実無根混じりの妬みな訳だが。

「あと30秒」

黙っていた彼が突然言ったから、私はぎくりとして再び問題に集中しようと努めた。しかし真剣に見れば見るほど、頭の中はぐちゃぐちゃになっていくばかり。読めないものを読めというなんて無茶以外の何物でもない。とうとう時間が切れたのか、先生は私の机からひらりと用紙を抜き取ると、まったくの白紙の答案に盛大に顔をしかめた。世にも恐ろしいその形相に背中に冷や汗が伝う。

「や…せ、先生、私やる気はあるんですよやる気は!」

力強く言ってみせたのはその場しのぎにすらならない言葉で、案の定神田先生は鋭い視線でこちらを睨み見下し、バチンと音がするほどに私の額を指先で弾いた。明らかに情け容赦ないそれに、私はうっかり涙すら出そうになる。

「いッ、た」
「やる気ある奴が期末テストで2点取るのか? あ?」
「ご、ごめ、ごめんなさい」

それを言われたら私はもう謝るしかなかった。今回のテストで2点というとんでも点数を叩き出してしまった以上、やる気はあるのだとほざいていても進級は出来ないのだ。このままではリナリーを先輩と呼ばなくてはならなくなる。長年付き合ってきた幼馴染みにこれはきつい。アレンにも呼び捨てされる。先輩というところでなんとか一線引いてきたのに、今まで以上に私の頭の悪さを馬鹿にされるではないか。
しかし、と私は強引に気を奮い立たせた。そうだ、彼は、神田ユウは何のためにここにいる? 私のこの学力を向上させるためだ、教師というのはそれを仕事にしている人間を言う。綺麗な顔して秀才だなんて断じて認めたくはないが、今はそうも言っていられなかった。先生に取り縋って答案を赤マルで埋め尽くしてやるのだ! とガッツポーズを取った私がハッと我に返ったときには、神田先生は自分の鞄をひょいと担いで教室のドアへと歩き出していた。

「ちょっ、ちょちょちょお!?」

慌てて先生のシャツの背中を掴みストップを掛けると、心底迷惑だとありあり書かれた顔がこちらに向いた。いやいやいや!何故帰ろうとする!?

「かっ、神田先生いきなりどうしたんですか! トイレ?」
「帰る」
「ナンセンス! 先生は私の成績を上げる為に参上した救世主のはず!」
「か え る」
「ご、ごめんなさいふざけてごめんなさいでも私このままじゃ本当に留年しちゃ」
「俺の知った事か馬鹿離せ」
「やだーッ!」

がしい! と先生の腰回りに抱き着くと、先生の肩がびくんっとなったのが解った。動きが止まる。…そんなに重いか私は!でもこの際そんなことはとりあえずどうでもいい!

「やだやだ先生行かないで、私には神田先生しかいないの」
「…勘違いされるような事を言うな。それにお前、担任もいるだろ」
「別に誰もいないんだからいいじゃんっ、それにラビ先生は理数ですもん! ねぇっ勉強教えて下さいってば」
「離せっつってんだろ、胸当たってんぞ」
「知るかっ!先生を引き止められるならなんだってしてやるわ!」

「………へぇ?」

あれ、と思ったときには、神田先生の悪戯っぽい笑みがこちらを見据えていた。今までの抵抗が嘘のように彼の体はくるりと簡単にこちらを向き、その、ニィッと意地の悪い形をしたくちびるが言ったのだ。

「引き止められてやったけど?」


何か間違えた!

//20081019
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