log | ナノ

※学パロ

「少しは身の危険も考えたらどうなんだ」

彼女の左頬に走る切ったような生傷に、少々乱暴に絆創膏を貼ってやると、「痛ッ」と鋭い抗議の声が上がり目の前の瞳が細まった。こいつは昔から負けん気が強く強情で、男にも怯まず立ち向かっていくような奴だった。力が強いという訳ではない。口が酷く達者なのである。口論になった末叶わないと解った相手は、必ず次には手が出る。武術には長けていないこいつは、結局いつも何かしらダメージを負うことになる。少しは学習していただきたいものだ。近頃は性格のキツさからか「女版神田」とも呼ばれているらしい。甚だ失礼な話だ。俺に。

「私は悪くなかったのよ。向こうが先に口を出してきたの」
「何で」
「告白されたの」

ガタタン! 思わず救急箱をひっくり返し、中の消毒液が入ったビンやらカプセルケースやらをぶちまけてしまった。呆然とする俺を、彼女は慌てる訳でもなく、無表情に見詰めていた。

「おま、口を出してきたってそういう…っ」
「あー違う違う。私その人のことよく解らなかったから、断ったの。そしたら向こうが怒って言ったのよ、そんなんじゃ一生男出来ねぇよって」
「…はあ? お前そんな挑発乗ったのか?」

取り敢えず、告白を受けた訳ではなかったことに胸を撫で下ろして、悲惨なことになっている辺りから、包帯のロールとピンセットを拾い上げて救急箱に戻した。しかし彼女はむっとしたように眉根を寄せる。

「内容なんて関係ないの。問題なのは、あいつが私を貶す態度を取った事実よ」
「…まあ、それも重要かもしれねぇけど、少しは内容も気にしたらどうだ?」

きょとんとこちらを見詰めてくる顔に、俺はこれ見よがしに肩を竦めた。彼女は、人に弱味を見せるのが大嫌いな性分だった。だから嫌いだった人参も今は好き好んで食べるし、成績も常に上位。ただ、生粋の運動音痴らしく、体術に関しての努力は水の泡だったが。

「どうして?」
「どうしてって…彼氏がいないってのは、お前の弱味にはなんねぇのか?」
「あ…そうか」

難しそうな顔をする彼女を横目に、俺は救急箱を元通りに戻し、パタンと蓋を閉めた。

「でもこればっかりは、どうにもならないよ。好きでもない人と付き合いたくないし、第一私の恋人になって、一週間ともつ人がいるのかどうか」

歯がゆそうに眉間にしわが寄る。「あいつをどうにかギャフンと言わせたいのに」、と足を鳴らす幼馴染みに、俺は数秒沈黙した後、するりと彼女の頬に手のひらを添えた。白くてふわふわだった。驚いてびくっと跳ねる肩。

「っ…? 神田…」
「協力してやろうか」

訳が解らないという顔でぽかんと開いた口の、下唇に、親指を這わせる。

「な…何 を、言って」
「俺がお前の彼氏になる。憎たらしい男を嘲笑えて、お前からまたひとつ弱みが減る。一石二鳥だろ?」

彼女の白肌が林檎のように赤く染まった。おお、こんな可愛い反応も出来るのかと内心感心していたら、彼女はまるで恥じらう乙女のような仕種で、それでも強気な口調を緩めず言う。

「…何で?そんなの、あんたに何のメリットがあるっていうの?」
「さあ?自分で考えてみな」

とぼけてみせてから額に掠めるように口付けると、彼女はばっと自分の額を押さえて俺を非難がましく睨み付けた。しかしその顔がさっきよりも上気しているから、どんなに凄んだって照れ隠しにしか見えない訳だが。

「どうだよ。乗るか?」

俺のメリット? 長年想っていた女を手に入れられる、これ以上の利点がどこにあるんだ。天性の鈍さもこいつの欠点だな。

「…乗るわ」

そしてこの単純さも。俺はその答えにニヤリと口角を吊り上げ、今度はふわりと、彼女の唇に自分のそれを重ねるべく腰を浮かした。愛の告白、は、もう少し経ってからくれてやるよ。さて、


//20081003
たまには(狡)賢い神田さんを