log | ナノ

「神田さん神田さん」
「…あ? 何だ」
「神田さんはドSですか?」

ガッシャーンチャリンカラカラカラ(神田が片していた最中の蕎麦のトレイを床にぶちまけました)

「……くだらねぇ事聞くのはこの口か? 今すぐこの場で塞いでやろうか」
「や、やだな神田さんそんな怖い顔しないでくださいー…あは、は」
「俺がドSかだ? 試してみるか?」
「えっえーと、やっぱりこのお話はなかったことに! 忘れてくださいませそれではっ」
「待てコラ」

ガシッと服の背中を掴まれて、逃げそびれたヒロインは詰まった襟首に「ぐぇっ」とアヒルのような声を上げた。神田はそのままヒロインをずるずると引っ張って、逃げられないように腕の中にがっちりと閉じ込める。

「そもそもお前Sって何かわかってんのか?」
「え、っと…さでぃすと…?」
「意味は」
「そ、そこまでは…」
「…誰の入れ知恵だ?」
「…ジュニアから聞きました…」

チッ何も知らないヒロインにおかしなこと教えやがってあの馬鹿ウサギ…後で細切れに刻んでやる、と決意を新たにしていたら、ヒロインは怯えるような仕種で俺を見上げてくる。

「あっあの私っ…やっぱり失礼な言葉でしたか…?」
「思いっきりな」
「はぅ!」

ばちんと額を弾いてみれば、ヒロインは大袈裟に飛び上がって額を押さえた。

「〜〜〜…っ」
「そもそも、もし俺がSならお前はMだぜ」
「え、えむっ…?」
「マゾヒストだ。辞書でも引け」
「はあ…」

よく解らないような顔をしたヒロインにもう一度デコピンでもかましてやろうかと思った矢先、明るくハリのある声が食堂の入り口から聞こえてきた。

「おっユウもヒロインちゃんもこんなところに!」
「じゅ、じゅにあ?」

痛みに潤んだままの目を向けて、ヒロインは驚いた声を出した。呼ばれた本人はにこにこといつもの締まりのない顔をしながら、ブーツで床を軽快に鳴らしながら歩み寄ってくる。

「何が『こんなとこに』だよ。食堂に居るのなんか普通じゃねぇか」
「いやぁ、てっきりもう部屋でいちゃこらしてんのかなあって思「いっぺん死ぬか?」
「う、嘘だってユウ六幻しまってさ…!」

直ぐ様降伏の姿勢をとるラビを睨み付けて、俺はすっと彼の喉元に突き付けた剣を退く。

「ジュニア! 神田さんに怒られちゃったじゃないですかっ」
「へ? 何で?」
「何でって、あなたが言ったんでしょう、神田さんはドSだって」
「んなぁ!? それ本人に言ったのかよ、そりゃユウも怒るさ!」
「だ、だって私、ドSって意味もよく知らなくてっ…」
「てめぇ陰口叩くんなら直接言いやがれ馬鹿うさぎが」
「陰口って!? ちげぇよちょっとからかっただけ、」
「あ? 俺をからかうたぁいい度胸だなコラ表出ろ」
「ちょちょちょっユウもジュニアも止めて下さいこんなとこで!」

めらっと燃え上がった炎の間に割り込んで、ヒロインは仲介を試みた。争いを食い止めようとしただけであろうそのヒロインの行動が、まるでラビを庇ったように見えて、苛立ちが体の中心を一気にかけ上がったのをまざまざと自覚する。

「ジュニアもね、ごめんなさい、私何も知らないくせに…」
「ヒロイン」
「神田さんも、あの、凄く失礼な…全部私が悪いんですっ」
「おいヒロイン」
「っへ、ぇ!?」

細い手首を強引に掴んでぐっと引き寄せると、ヒロインは可笑しな声を出して、足をもたつかせながら俺に体を傾ける。

「お前は悪くねぇ、本当のことを言っただけだ」
「本当のこと!?」
「本当のことォ!?」

ラビもヒロインに続いて驚愕した声を上げる。何でお前までと軽く睨み付ければ、「え、だって、本当…? 何が? ドSってことが!? ユウが素直に認めるなんて!」と頭を抱える勢いで慌てふためいている。当然黙殺。

「神田、さん…ほ、ほんとって」
「だからこれから証明してやるっつってんだ、ほらこっち来い」
「はっ!? えっなっ何ーーーッ!?」
「あー…ああ、そういうこと」
「うわ、そんな引っ張らないで下さい神田さっ…ジュ、ジュニア!」
「お幸せに〜」
「ええええええ!?」

ずるずるずると半ば抱き抱えられるように引きずられていくヒロインは、ひらひらと手をふるラビの生暖かい眼差しに見送られながら、食堂からの撤退及び神田自室への強制送還を余儀無くされた。

その翌日、非番なのにも関わらず教団内のどこにも姿を見せなかったヒロインの安否は、誰にも解らない。


//20080622
全体的に皆さんご乱心