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赤いリボンがかかった、4つの段ボール箱を二段に重ねたぐらいの大きさのそれ。目の前に居座ったやたらでかいあからさまなプレゼントボックスに、俺は一瞬思考を止めた。




食堂でばったり出会った自分の師に誕生日おめでとうと告げられて、初めて今日が6月6日だと気付く。しかし自分の年などいくつになったって関係ないと思っているし、今までにもう18もの誕生日を迎えていれば執着が薄れるのも当たり前だろう。簡潔に言えばどうでもいい。
しかし、ティエドール元帥だけでなくリー兄妹やらラビやらマリやら、誰かと会えばかけられる祝いの言葉。仕舞いにはモヤシまで(物凄く不本意そうではあったが)俺の誕生日のことを口にするのだから、自分以上に他人が固執する今日という日を意識する度に、歯痒いような気分を味わった。

そしてそこでふと不審に思う。日付が変わってから俺が行ったのは食堂と修練場、そこに続く廊下だけではあるが、それだけでもう既にいろんな奴に出会っている。それなのに、ヒロインは、今日に限って影も形もないのだ。任務か? いや、あいつはいつも任務の前には必ず俺のところに来るから、それはないはずだ。これだけ大勢が俺の誕生日を知っていて彼女が知らないというのも考えにくいし、自惚れる訳ではないが、ヒロインなら真っ先に俺におめでとうと言いに来そうなのに。

「チッ、薄情な奴…」

どうでもいいと思っていたくせに、という自突っ込みは黙殺。三時間に渡る鍛錬を終え、自室に戻る。と。

「…何だ、これ」


こうして冒頭へと繋がる。


真っ白の包み紙で綺麗に包装されたそれは、サイズこそ違えど見た目はケーキのようだ。しかし俺にこんなでかいケーキなんて贈る命知らずがこの教団にいるか? 幼き日、入団後初めて迎えた誕生日にジェリーに甘ったるいチョコレートケーキを食わされて以来、俺は糖分を毛嫌いするようになったのだ。
…と、そんな昔のトラウマを思い出して覚えた胸焼けに眉をしかめたその時、今まで目の前に黙って腰を据えるばかりであったその箱の中から、ごそ、と何かが身動ぐような音がした。俺は咄嗟に飛び退いて腰に差した六幻に手をかけたが、抜刀するより早く、次の瞬間には中から篭った女の声のようなものが聞こえてくる。

「んー…? …え? 何、く、暗い…?」
「!」

それは微かで小さなものだったが、俺の耳は聞き慣れた声に過剰に反応する。中身が解ったので取り敢えずこっそりと胸を撫で下ろし、疑問符ばかりを繰り返すその声の持ち主が入った箱を、ドアをノックする要領でとんとんと叩くと、「ひゃっ!」とすっとんきょうな声が上がった。

「…ヒロインか?」
「へっ…? ゆ、ユウなの?」

ああ、とひとつ答えてやれば、ほっとしたような溜め息が零れたのが聞こえる。

「これ何ユウ、真っ暗だし狭いよ?」
「…覚えてねえのか?」
「え…いや、夜にベッド入ってさっき目が覚めて…」
「寝ている間に箱詰めにされたのかよ。お前もエクソシストなら少しは注意しろ」
「そんなこといってもさー…って、箱? これ箱? ちょ、っと誰よこんなことしたのっていうか何で? う、ユウ早く開けてっ酸素が薄、」

ごとごとと動き出した箱。声にどこか鬼気迫るものを感じて、じっとしてろと圧力をかけてからするりとリボンを解く。無造作に包装紙を破って箱の蓋を開ける。

「はっ、あー助かったー!」

ぴょこんと飛び出してきた頭はやはりヒロインのもの。のそのそ箱から這い出してきたヒロインは、なるほど寝ていたという証言通りネグリジェで、首もとには桃色のリボンが…

…リボン?

「箱ってこんなちゃんと包装されてたのかー、まるでプレゼントみたいだね」
「…いやヒロイン、突っ込むところはそこじゃない」
「え? えーっと…あ、今日ユウ誕生日か! だからプレゼント! なるほどっ」

ぽん、と手を打って「ユウおめでとう!」と、例えるならひまわりのような笑顔でそう言う彼女はさぞ可愛らし…い、いや、違うだろペースに乗せられるな俺。

「お前自分の首見ろ首」
「首? 自分の首は自分じゃ見れないよユウー」
「だああ! これだよ馬鹿!」

しゅ、とリボンを引っ張ってやれば、ヒロインは少しくすぐったそうに肩を竦めて、しかし俺の手元にあるものを見て目を丸くする。

「わ、リボンだ。全然気付かなかった!」
「てめぇなんかエクソシストやめちまえ」
「でも何で私箱に詰められてリボン巻かれてんだろーねえ、あはは」
「あははじゃね、」

はた。ころころと笑っていたヒロインが途端硬直し、俺も同時に言葉を飲み込む。
箱詰め、リボン、誕生日。仮にも俺と恋仲なヒロインが、こんな状態で俺の部屋に。

「…わた し、プレゼント?」
「………!」

たった今思い立ったことをヒロインがぽつりと呟いたから、俺は返答に詰まって黙り込んだ。それを肯定と取ったらしいヒロインは一気に耳まで赤くなって、中途半端に解けたリボンがやけに色っぽさを増して見えるのだから恐ろしい。

「あー…あの、ユウ」
「………」
「…あの…」

困った、と書かれたヒロインの顔が、ちらりと俺を見てはまたそっぽを向く。その仕種が堪らなく可愛くてどうにかしてやりたいとか、落ち着け、取り敢えずヒロインの寝込みを襲った奴を突き止めなければ、

「こんなプレゼントで、よけれ、ば、…えと」

その瞬間、俺は理性を放棄した。


「神田、私からのプレゼントはお気に召したかしら?」
「……!(やっぱりてめぇかリナリー!)」


//20080606
Happy birthday to Yu!