log | ナノ

「きゃああああ―――っ!?」
「ッ!?」

甲高い突然の悲鳴に、俺はこの上なく驚いた。がばっと勢いよく跳ね起きたそいつは、顔だけを見るにしても汗をぐっしょりとかいていて、恐らく全身においてもそうだろうと容易に推測させる。いったいなんだというのだ。俺のベッドに今の今まで彼女が寝ていたというところまでは、まあ、いい。寧ろ俺がすすんで行ったことだ。鍛錬場でたまたま居合わせてそのまま自然と手合わせていた俺らだったが、彼女はもともと体調が優れていなかったらしく、激しい運動についてこれなくなった体が限界を越し、倒れた。体調管理も出来ないだなんてと俺は半ば呆れたが、しかしそのまま見捨てていけるほど俺も鬼にはなれず、仕方なしに自室へと運び込んだのだ。
しかしどうだ。武器を交えていれば突然意識を失い、本気で斬り付けてしまうかと思って肝を冷やすし、すやすやと眠りこんでいたかと思えば絶叫しながら飛び起きて俺の心臓を否応なしに鼓動させるし、こいつは俺の寿命を削りたいのだろうか。

「はあっ…あ…あれっ…?」
「…っの、驚かせんじゃねェ!」
「ひゃっ! か、神田!?」

今まで読んでいた本を放り投げて間抜けな声を上げるこいつにそう怒鳴り込めば、酷く驚いたように目をまるく見開いて、ぱちぱちと俺を見詰める。

「あれ、な、なんで神田? え? ここ神田の部屋?」
「てめぇ忘れた訳じゃねぇだろうな? 手合わせの最中にいきなりぶっ倒れるから…」
「…あ、運んでくれたの? ああそっか、神田ってばやさしー」
「…! ちっ、こんなことなら放置してくりゃよかったぜっ」
「何でよもー褒めたのに」

へらへらと笑う声は元気で、ついでにえらく軽快で、数十分前に倒れ、そして酷く戦々恐々とした目覚めを遂げた人物のものとはとても思えない。

「…それより、今の、なんだよ」
「はえ? 今の?」
「思いっきり叫んでたじゃねえか…悪夢でも見たのか?」
「…あー…」

思い出すような仕種を見せて、彼女は口を噤んだまま正面を見据える。ちらりと俺に視線を向ける。また前を向く。そして。

―――かああああっ…

「…は…?」
「あ、えと…夢見はすごく、良かっ…たか、な」
「…何だよそれ、」

顔が酷く、赤い。不自然に泳ぐ視線。体調が悪いからではないことは確かで、しかし様子がおかしいのも明らかで、

「…おい?」
「…あ、何?」
「それは俺の台詞だ馬鹿。勝手に浸るな」
「そうは言っても」
「俺に言えないもん見たのかよ?」
「ち、ちがっ…」
「違うのか?」
「えと…神田、に」
「俺に何だ」
「告白された」
「そうか、こく…告白!?」

咳き込む勢いでそう叫んで、案の定本当に咳き込む。なんだそれ、なんて夢見てんだコイツ。いや、結局は夢なんだからどんなもん見ようと個人の自由だが、何でコイツは赤面してんだ?

「好きだって、言われて」
「…ん、だそれ」
「付き合ってくれ、って、言わ」
「あーったく! いいから黙れ!」
「…神田が言えって言ったくせに」

第一そんなことあり得ねえだろっ、と高揚する気持ちを自覚しながら悔し紛れにそう言うと、そうだよねーとお前は困った顔をしながら、心なしか寂しそうに笑った。

「っ…それで」
「ん?」
「そ、れ、で」
「な、何?」
「何でお前は、叫びながら起きてんだよ」
「え。嬉しかったからだよ」

―――は。

「…う、うれしかった、のか」
「うん。…うん? え!?」

まだ仄かに赤かった頬を再び染め上げて、かぽ、と彼女は自分の口を手で塞いだ。しかし前言が撤回できる訳でもなく、俺は指の隙間から垣間見える唇が震えている様に魅入る。

「こ、告白されて嬉しくない人なんて、いない」
「じゃあ、誰でもよかったのか。ラビでも、モヤシでも」
「そ、うだよ…」

震えたその声で肯定されても、誰でもよかった訳ではないと聞こえるのは、俺の自惚れではないと信じたい。顔を隠す手を引き剥がすと、やはり、強張って俺の目を見ようとしない。

「誰でも、よかったのか?」
「………」
「誰でも?」
「………っ」

開く。息を吸う。吐く。そして次の、言葉。

「…神田、だから、嬉しかった」

そう愛らしく呟く小さな唇を、自分のそれで塞いでしまうのも悪くはないかな、なんて。


「…何を騒いでるんでしょう、神田は」
「んー春さねー」
「は? 何言ってるんです、もう夏ですよラビ」


//20080601
取り乱しすぎの神田さん