log | ナノ

「ひゃはははっくすぐったいよぉユウ! ひゃっあ」
「…っるせぇなお前我慢しろ!」
「そんなこと言っ…ひっはは!」

車輪に小石がぶつかる度、チリリン、とベルの音がする。下で結んだ神田の長い髪がふわふわと靡いて、私の首やら手足をくすぐって、補助席から今にも落っこちそうだ。

―――ずる

「きゃっ!?」

とか言ってるそばから、首を掠めた髪から逃れる為に体を捩った途端、大きく揺れた自転車から身を投げ出され…

「……馬鹿かお前、は」

ぜぇはぁと息を乱した神田が、私のシャツの背中をはっしと掴んでいた。それだけで私の体重全部が支えられる訳ではなくても、思い切り地面に叩き付けられることもなく、私はトンと足で無事に着地出来た。はー、と額に手を当てて深く溜め息をつく神田は、若干青ざめているように見える。相当ぎょっとしたみたいだ。

「…えへ。ありがと」
「ひやひやさせんじゃねぇ…。ちゃんと掴まっとけ」
「! う、うん」

ぐっと髪を高く結い直して、神田は座った私の手をお腹に回すよう誘導してくれた。頬を押し付けた神田の背中の、なんて大きくて温かいこと。












「「着いた…っ」」

真っ赤な夕陽の光をきらきらと反射させる、私たちが辿り着いたのは海。星が凄く綺麗に見える場所ということで、雑誌には載っていない密かな穴場デートスポットだ。

「間に合ったね!まだ星出てないし」
「あ、ああ…」

少し上がった息を整えながら、ガシャンと自転車にストッパーをかける神田。ここまで私を後ろに乗せたまま自転車こいでくれたんだもんなぁ。そりゃさすがの神田も息上がるよ。ごめんユウ私もっと痩せます…。

ローファーもハイソックスも脱ぎ捨てて、砂浜に繰り出す。ふかふかした砂に何度も足を取られるも、海水に濡れて黒くなった波打ち際までなんとか一息で行けた。

「ユーウ! そろそろ夕陽が沈むねー!」
「そんなでけぇ声出さなくても聞こえる」

ザッ、と砂を踏み鳴らして私の後から浜に出てきていたらしい神田は、私の数メートル後ろまで来ると足を止めて、制服のポケットに手を突っ込んで沈みかけた陽を見詰めた。明々とした夕陽に照らされた神田は大層格好良かった、…なんて絶対秘密だけど。

「…もう、温かいのに、ね。海の水は冷たい」
「当たり前だろ、まだ春だ。こっち来いよ。風邪ひくぜ」

振り返れば神田が少し眉をしかめて私を見ていたので、私は膝下まで浸かっていた水を蹴って、彼の隣へ引き返した。
もうすっかり、空は暗い。いつの間に夕陽は水平線へと消えたのか。代わりにぽつぽつと光り始めた一番星、二番星に、私は目をぱちぱちと瞬かせた。まるでプラネタリウムみたいだ、電球みたいに明るくて。辺りに電灯がないせいか空は真っ黒く、この空間は今、星と波風、私と神田だけの世界。

「きれ、い」

繋ごうと思って伸ばした手は、虚しくも空を切った。あれ、と思って視線を神田に向けるその前に、私より早くに伸ばされていた神田の手が腰に回る。

「え、あ…」
「うるせェ。黙ってろ」

照れたみたいな声がそう言ったから、私はそれに従いながらも思わず口元を緩めた。ユウちゃんてば、暗いせいなのかいつもより積極的。きゅ、と少しだけ篭った神田の手の力に、優しいドキドキが止まらなくなる。ねぇ、こんなに私を幸せに出来るのはきっとあなただけね。

「流れ星、ないかなぁ」
「そうそうねぇだろ。流星群でも来ない限り」
「…そっか。残念」

それじゃあこのお願い事は、いつもよりもキラキラと明るい、あのオリオン座に叶えて貰おう。


//20080516