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(※ヒロイン死ネタ注意)


地面の感触を背中で感じながら、私は込み上げる吐き気を堪えて、震える息を一つ吐き出した。すぐ隣に膝をついて、滝のような雨から庇うように私に覆い被さり、泣き出してしまいそうな顔で私の名前を何度も叫ぶのはアレンだ。持ってきていた傘は、現地に着いたときその場に捨ててしまった。そのときから酷い天候だった。こんなもので雨避けだなんて気休めにもならない上に、邪魔な荷物になるだけとの判断だったのだ。
アレンは何をしているんだろうと思う。イノセンスの光がアクマと共にどんどん離れていく。皮肉なことに私はもう動けそうにないから、アレンが行ってくれなければ、イノセンスがまたひとつ伯爵の手に落ちることになってしまうのに。それでもこの少年は、私のことしか見えていない。

「アレン…ね…イノセ ンスが…」
「喋らないで、」
「はやく…だめ、私は行けない…」
「何言ってるんですかッ!」

噛み付くように怒鳴られたのに、その声は凄く遠くから響いてきたように微かだった。違う、あなたが今見るべきはイノセンスだ。私じゃない。私が世界から消えるその瞬間も、彼は歩き続けていなければならない。私は軽く咳き込みながら、アレンの胸ぐらをぐっと掴んで引き寄せた。

「行って…アレン、あなたは、エクソシストでしょう…」
「っ…君の方が大切です…」
「ルベリエが聞いたら怒るわね…」
「お願いだから、静かにしてて。安全なところに運びま」
「だめ」

間髪入れずに拒否すると、アレンは辛そうに眉間にシワを寄せた。

「どうして…っ!好きな人を見捨てたくないって、思っちゃいけませんか!?」
「いいえ、でも、アレンが居ても居なくても、結果は同じなの」
「そん…な…」
「行って。アレン。私の最後のお願いよ…」
「………ッ」

ぎりり、とアレンの手が握り込められる。お願い、ともう一度はっきりと言うと、アレンは俯いて表情を隠した。そして冷えた私の体を抱き締めると、すぐに戻ってくるからと呟いて、アクマの元に駆け出していった。
これで良かった。私は氷のような雨に打たれながらそう思った。あなたは『ウォーカー』だもの、アレン。立ち止まらないという君の養父との約束でしょう?


肌を伝う雨は徐々に私の体温を土に返していく。
凍えていた体の震えがぴたりと止まり、やがてそれは活動をひっそりと止めた。

Walker

僕が戻ったとき、彼女に息はもうなかった。僕が彼女の頬に触れても、伝わるのは氷の冷たさだった。未だ降りやまない雨空の下で、僕は動かない体を抱き上げ、込み上げる涙を堪えもせずに、彼女と、イノセンスと共に歩き出す。ぬかるんだ土を踏みしめる度、ただ、悲しかった。

悲しかった。

//20081230
訳:walker‥1、人名。2、歩く人。