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折角の自分の記念日に、何故だかご機嫌斜めな可愛い彼女の気を引きたくて、アレンは特に意味もなくその細い腰に両の腕を絡めた。ほんの少し唇を尖らせていた少女は、突然のそれに驚いて軽く体を強張らせたが、そんなこと何でもないとでも主張するようにフイと顔を背ける。そこに本一冊でもあろうものなら意識をそちらに向けられるのだが、生憎そのような類いのものはなく、ただそっぽを向いているだけに甘んじる彼女が気まずげに眉をしかめ始めたのを見計らって、アレンは不躾なほどに彼女を見詰めたまま口を開いた。

「何か怒ってるんですか?」
「……別に」

ようやっと聞くことが出来たその声は、不貞腐れたように素っ気なかった。ああやっぱり…とアレンは内心溜め息を吐くと、腰に巻き付けていた手を彼女の肩に掛けて、上半身を起こしにじり寄った。ぎょっとする彼女に構わず、視線を逸らさないように至近距離で瞳を覗き込んだら、澄んだその奥が小さく揺らいだのが解った。

「僕が原因なんですか?」
「お、怒ってないってば」
「嘘。だったらどうしてそんな怖い顔してるんです」

唇を引き結び、またもや黙秘権を行使しようとする彼女に、アレンは半ば懇願するように訴えかける。

「ねえ…お願いだから、僕が何かしてしまったのなら、謝らせて下さい。折角クリスマスを二人で過ごせるのに、あなたがそんなんじゃ嬉しさも半減ですよ」
「………」
「僕だってこの日に間に合わせようと思って、多少の無理を承知で任務を片付けて来たんですから…」

ぴくりと彼女の眉が跳ねる。と思ったら、責めるような意思を宿した目がアレンを見上げた。不意をつかれたアレンがきょとんと目を丸くする間に、少女の華奢な指先が、包帯が巻かれた彼の胸元にシャツ越しに触れる。はあ、と彼女の口から零れた吐息は、まるで嗚咽のようだった。

「…今日までに帰ろうと思って、無茶をしたんだ」
「…え…?」
「この傷は、その『多少の無理』とやらで出来たものなんでしょ」
「………」

しまった、とアレンは思った。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。僕が怪我をして帰ってきたから、彼女は怒っているんだ。それも、自分とクリスマスを過ごしたかったからという理由であるから尚更だ。アレンにとってこれ程までに重要なことはそうそう無いのだが、これでは優しい彼女が自責の念を抱いてしまうのも無理はない。

「…ごめんなさい」

触れてくる小さな手に自分の手のひらを重ねて呟き、もう片方の手を彼女の赤い目元に添える。

「心配させて…泣かせてしまったんですね」
「っ、」

衝撃を受けたように息を飲む音。気付かれたことが余程意外だったのか。今までどれ程の時間君を見てきたと思っているのだろう、それくらい僕が気付かない訳ないのに。居たたまれず、ごめんね、ともう一度囁くと、正面にあった大きな瞳がたちまち潤んだ。

「…そんなこと、言わせたかったんじゃ…ない…」

絞り出すように洩れた言葉のすぐ後に、一方的だったアレンの体は、自身以外の体温にくるまれた。背中に回った手のひらが、アレンのシャツにそっとしわを作る。痛い?と問われて、いいえ、と答えて、アレンから寄せた口付けを、少女は声もなく受け入れた。
どこか遠くの方から、賑やかな声が聞こえてくる。きっとまたコムイさんたちがパーティーか何かを企画したんだろう。反射的に顔を上げた彼女を、アレンは強く抱き寄せた。

「…もう少しこのまま」

分け合う体温は優しくて、部屋の空気は気を抜けば身震いしてしまいそうなほど冷たいのに、このとろとろとした温度が何て心地良いんだろうか。こんなに大人しく僕の腕に収まって、あまつさえそれに応えてくれる彼女も珍しい。原因は、もしかせずとも―――

「アレンはまた、大人になるんだね」

悔しげでもあり羨ましそうでもある、そんなソプラノが耳を打った。アレンはくすくすと穏やかに笑ってから、彼女の額に唇を当てた。

「プレゼントに、君をくれる?」

いつもは怒って細くなる瞳が、今はアレンだけを映して瞬いた。言葉に変わってそっと浮かぶ微笑は肯定。普段の去勢も建前も今日は無く、その夜アレンに向けられたのは、少女の純粋な愛のみであった。


強がりな睫毛はピンクに溺れる/20081223
企画「星屑キャンディ」様に愛を込めて
Happy Birthday Allen!