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白雪のような肌をしているのに、そこに走る呪いの傷は、生々しいほど紅い。神ノ道化と化した貴方は眩しいくらいの純白なのに、イノセンスを宿したその腕は、ぞっとするほどの紅。またそのコントラストが、見るものを引き付けるのだけれど。

「…怪我は?」
「いえ」

腕に負った小さな掠り傷を調べながら、彼は頭を横に振った。さらし地のようになった村を、ひとつ荒い風が走り抜けていく。半壊した小さな酒屋から、隠れていた村人が怖々こちらを伺うのを眺めながら、そう、と私は眉を潜めて溜め息を吐いた。イノセンスの鎧から解き放たれた彼は、漆黒のコートをはためかせてこちらを見やった。何を言おうとしているかはその不安げな表情から察して、私は平気だと言うように長い髪を手の甲で払う仕種をしてみせたら、ようやく安心したようにほっと口元を和らげる。

「…おにいちゃん…」
「え?」

小さく震えるような声が、私の耳にも微かに届いた。アレンが驚いたように視線を足元に落とすと、そこに居たのは白いワンピースを着た幼女だ。ぼろぼろの靴に汚れた手足。きっと必死にアクマの襲撃から逃げて逃げて、生き残ったのだろう。アレンはふわりと目を細めるとその場にしゃがみこんで、慰めるように彼女の乱れた髪を右手で丁寧に撫でた。

「なあに?お嬢さん」
「…てが、ちだらけ…」

幼女は泣きそうな声で言って、アレンの深紅の腕に小さな手を伸ばした。アレンは目を見開き、伸びてくる手をやんわりと掴んで止める。不思議そうに見上げてくる彼女を、自嘲したような笑みで見下ろした。

「気持ち悪いでしょう。触らない方がいい」
「だって、こんなに…」
「これは血じゃないよ」
「じゃあ、どうしてあかいの?」

子供のあまりに直球な質問に、アレンは少し怯んだようだった。しかしもう慣れているのだろう、自分の赤々とした腕を見て、口を開いた。

「…この腕にはね、」
「神様が宿っているのよ」

私が遮ってそう言うと、女の子とアレンは同時にこちらを振り向いた。アレンが何を言おうとしたか知らないが、私が言ったことにも嘘はないはずだ。二人に近付きアレンの隣で同じ様に膝を折って、彼の左腕に触れて持ち上げた。困惑して私を見詰めるアレンには構わず、私は幼女に問う。

「怖くはないわね?」

こっくりと頷いたのを確認して、アレンは酷く驚いた顔をする。私はちょっと微笑んでから、彼女の手を取って、アレンのそれと触れ合わせた。反射的な抵抗だったのだろう、アレンの指がぴくりと跳ねるのを彼女は見逃さず、心配げにアレンを見上げた。

「いたく…ない?」
「う、ううん、大丈夫…」
「もっとさわっても、いい?」

アレンが言葉を詰め、そして肯定するように喉を鳴らす。私が両手を離すと、幼い女の子はしげしげとアレンの手に自分の手のひらを合わせ、物珍しそうに観察した。アレンも手を引かなかった。

「このなかに、かみさまがいるの?」
「そうよ。今までにたくさんの魂と命を助けてきた手なの」
「どうしてあかなの?」
「…きっと神様が、お兄ちゃんにはこの色が似合うって思ったんだわ。綺麗でしょう?」
「うん。かっこいい」

きらきらした瞳でアレンに視線を移す幼女を、到底信じがたいという表情で彼は見つめ返す。すると正面から細目の男性がこちらに慌てて駆けてきて、どうやら女の子の父親かそれに準ずるものらしく、彼はちらちらとこちらを気にしながら幼女の丸い肩に手を置いた。彼女はそっと手を離し、私たちに背を向けたかと思いきや、くるりと振り向いて無邪気に笑った。

「ありがとう。わたしたちをたすけてくれて」

舌足らずの声を投げ掛けられて、それをあまり言われ慣れない私たちは一瞬呆気に取られた。ぱたぱたと、仲間の輪へ戻っていく小さな背中を見送って、私は漸く立ち上がる。

「珍しい子。アレンの手も怖がらないし、こんなに村を壊してしまった私たちにありがとうって言ったわ」
「………、」

隣でよろよろと立ち上がったアレンは、自分の開いた左手のひらを、まるで初めて見るかのようにじっと見つめていた。少し潤んだように見えるその瞳をちらっと見てから、私は少し高い位置にあるその白い頭をぽんぽんと叩いた。放心したようにこちらを向くアレン。くすり。小さく笑ってやった。

「私の説明は合っていた?」
「…間違っては、いないけど」
「いないけど?」
「…そんな風に思われていたなんて…」

醜いと、それ以外に形容しようがないのに。ぼそぼそと呟く彼に、私はもう何も言わなかった。ただ口の中でだけ囁く、そう思っている人は意外と少ないかもね。

「行きましょう。怪我の手当をしてあげる」
「え、いや、怪我なんてしてないですよ…」
「嘘を吐きなさい。私の目を誤魔化すなんて100年早いわ」

背中を手加減しながらドンと叩くと、アレンの口から鈍い悲鳴が上がった。恨みがましくこちらを睨まれ、私は満足げににんまりと笑う。次の台詞は彼を硬直させた。

「貴方の事ならなーんだって解る。伊達に長い間片想いしてないのよ」

みるみる真赤になる白い少年、やっぱり気付いていなかったようだ。その唇が言葉を紡げるまでまるまる10秒掛かったが、その間私はずっと彼を見詰めていた。ああやはり、君には紅がよく似合う。


深紅に魅入られた聖職者

//20081130
企画「10にん10いろ」様に愛を込めて