log | ナノ

キスしたいなあって初めて意識したのは、二週間くらい前だった。その頃は漸く手を繋いで歩けるようになって、温かくて柔らかくて小さな彼女の手を僕のそれが包み込んでるってことを馬鹿みたいに大袈裟に考えてどきどきして、ってときだった。頭ひとつ小さい彼女が、ふっと僕を見上げた瞬間のその表情がこれまた可愛くて可愛くて、思わず「かわいい」って呟いたときにほっぺを真っ赤にしてしまった彼女がまた更に可愛くて、もうどうしようかと思った。
抱き締めたことも今までに一回だけあったけど、その時あの子に意識は無かっただろうな。委員会で遅くなった僕を、寒かっただろうに校門のところでひとりぽつんと待っていて、待ちすぎて寝入ってしまったみたいで、すっかり冷たくなった顔を半分もマフラーにうずめてそこに座りこんだその姿に僕は感極まってしまって、ぎゅうって、抱きよせてしまったんだ。でも数秒後には我に返って、ハッと体を離したとき、彼女はまだうとうとして目を覚ましてはいなかった。ひとり恥ずかしくなりながら、君の手を擦って息を掛けたりして温めていたら、やっと目をぱちっと開いて、少しおろおろしてたな。照れたような嬉しそうな顔で「ありがと」って呟くから、僕はまた抱き締めたくなる衝動を相当苦労して堪えて「ごめんね」だけなんとか言って、頭をよしよしと撫でるだけで満足することにした。
一度意識すると、人ってそのことから離れられなくなるみたい。普通に会話してても、その撫子みたいなピンク色のくちびるから目を離せなくなる。うわ、うわあ、どうしよう。なんてそんなことばかり考えてたら、不思議そうな顔でじいっと君に見詰められていることに気付いて、あんまりに自分が背徳的に思えて居た堪れなくなった。そんなそんな、君がなんにも知らない女の子みたいな顔するから、僕はこんなに苦しいんだ。…って、また人のせいにする。どうしようもないな僕は。

「アレンくん」
「ご、ごめん…何でもない」
「ねえ、アレンくん」

え? って僕が困った顔のまま彼女の顔を見たら、すっごく柔らかい笑みを浮かべてにこにここっちを見詰めていた。僕はいろんな意味で怯んで、「何、」としどろもどろに呟いたら、「なーんでもない」と言ってへにゃってまた笑った。爆弾だった。ぐるりと周りを見回してみたけど、もう随分と薄暗いこの時間の公園に、人の気はどこにもなかった。戸惑い何度も躊躇しながら、僕はそっと君の手に自分の手のひらを被せた。夜の空気に長い間触れたそれはひんやりと冷たかったはずなのに、僕も同じくらい冷えていたから、逆に温かかったようにすら思った。ちらりと君を見たら、ちょっと俯きがちな睫毛がふるふる震えていて、そのくちびるからはほわりと白い煙が洩れる。それでも君はそのよく解らない笑みを絶やしていなくて、少し顔を近づけてみたら、素直に瞼を下ろした。そこからはもう、僕がどうやってそうしたか、本当に記憶にないんだ。ただ触れ合ったくちびるの温もりのことしか考えられなくなった頭が、ふわふわゆらゆら、甘い感情に支配されていく感覚だけ、覚えている。


( ああやばい、融ける、融ける、融ける。 )

melty kiss

//20081110
初々しさの限界に挑戦