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ひとおつ。ふたあつ。みっ、つ。ぎゅう、と温いベッドの中、抱き締められて、香るそれ。また見付けた、よっつ。

「残し過ぎよ」
「何を?」
「証拠」

アレンは白々しくきょとんとした表情になった。それは決して彼が迂闊だからではないはずだ。私が付けない甘ったるい匂いの香水と、鎖骨斜め下のキスマーク、背中にうっすら残った赤。とんでもなく策士なこの人ならば、隠そうと思えば私などいくらでも欺けたはずだ。なのにそれをしなかったのは、故意に気付かせようとしたのだろうなと私はぼんやり確信していた。

「…ああ。気付きませんでした」

さっぱり抑揚のない、大根役者だってもっとマシな演技をするだろうと思うようなその台詞に、嘘つき、と指摘するにはあまりに解りきっていたから、私は彼を睨みあげて、鎖骨に咲いた赤い鬱血の上から噛み付いてやった。けれどもアレンはさっぱり動じない。なんて皮肉な奴なんだと思う。冷淡な微笑みだけ顔に貼り付け、何を怒っているのと、何にも知らない子供みたいに、私の頬を撫でてくる。

「恋人が浮気して喜ぶ人間なんて私、知らない」
「ええ、僕もですけど、怒られる理由も解りません」

けろり、そう悪びれもなく言ってくるアレンに私は閉口する。元々性格に難あり。色恋に関して彼に「マトモ」を求めるには些か無謀であるし、恋に師匠なしとは所詮戯言で、アレンの恋愛スタイルは彼の破天荒な師からそっくり受け継いできたようなものだった。つまり、浮気=悪という概念がサッパリない。寧ろ肯定すらしている訳で。

「僕って、ほら、来るもの拒まない主義ですから」
「じゃあ、私が去っても追わないのね」
「追うほど遠くになんて行かせませんよ」

そんな鎖のようなその言葉で私を自分に縛り付ける彼は、ズルいというよりは、誰よりも優しくて身勝手だ。私のことは逃がそうとしないくせに、自分は心をあちこちに置いてきてしまうのだから。私は突然熱くなった喉から、何かおかしな言葉が出てこないように堰き止め、二人の熱が残るベッドから抜け出そうとした。しかしやはりアレンの腕は、私をその小さな寝台の上からも解放しようとはしてくれなかった。苦しいくらいに後ろから抱き締められて、剥き出しの肩口に彼の唇の感触を感じて、私は瞼を強く閉じた。きつくきつくきつく。

「…私も、浮気、しちゃおうかなあ」
「構いませんよ? でもそのときは、相手の命はないと思ってね」
「…殺す、っていうの? どうして? アレンだって、してる、くせに」
「純粋な嫉妬です。僕は君を愛しているから」

ああ矛盾矛盾矛盾。何が嘘で何が本当かももう私には解らない。貴女など好きでないと言ってくれれば、その人形みたいに美しくて無機質な顔を思い切り張って、にっこりと可愛く笑って離れていくことが出来るのに。ぽろり、と頬に伝い落ちた熱い滴を拭うのは、やっぱりアレンの指先なのだ。

「…アレン、私たち、終わろっか…」
「嫌ですよ。貴女は絶対に離さない」

愛してるよ、と施される口付けを、結局私は拒めない。振り払い拒絶するには、それがあまりに愛おしくて憎いのです。


嗚呼私たち、純愛を何処に置き忘れて来ただろう?


//20081031
翠姉さんに愛をこめて