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予告してから訪れる、
運命などありません。


「何が悲しくて男二人で買い物なんてしなきゃいけないんだろう」
「すっげー同感」

隣に立つラビは苦笑いしながらそう返してきた。なあティム、と溜め息混じりに頭上で羽を休める黄金のゴーレムに言うと、僕はよいせと重くなった買い物カゴを持ち直した。リンクが今は厨房でスイーツを黙々と作成中ということで、通信手段としてティムを連れている訳だが、まあコイツは言われなくたっていつも僕について回っているから幾分気にはならない。中央庁がこうも几帳面なのは、今に知ったことではないし。
やっぱり、教団の台所を統括するジェリーさんの頼みとなれば断る訳にはいかない上、僕だって今日は任務もなかったから喜んで買い物だって引き受けたんだ。しかし同じく非番のラビと二人。そこかしこでナンパをしまくるし、困ったことに彼自身の容姿もいいので逆に声をかけられたりもするし、効率的には一人で出てきた方が良いかもしれない程だ。
僕がそうこう考えている間にも早速ラビは明後日の方向を向いて、グラマラスなご婦人に瞳を輝かせていた。口の中で舌打ちして、思い切り彼の右足に踵を落とす。

「い゛ッ!」
「余計な仕事増やさないでくれますか」
「おまっ…ホンット遠慮ねぇな!」

プイと聞き流して買い物リストのメモを押し付けると、ラビは潤んだ目を瞬かせて踏まれた足をさすりながら、もう片方の手でそれを受け取った。さて、ある程度の主食材やワイン、諸々の調理器具も新調したし、あとは調味料と花と……ん?

「花…?教団にそんなの活けてましたっけ?」
「さあ。誰かの歓迎パーティーでもすんじゃねぇの?」

それは幾分投げ遣りで、どうやらラビも解らないらしいので、浮かんだ疑問を未解決のまま放棄する。ふう、と肩を竦めて、並ぶ店を見回した。

「花屋って確かコッチだっけ。花が弱るといけないから、そこには最後に寄るとして…ッわ」

どん、と背中に何かがぶつかって、僕はほんの少しだけよろけた。ティムが僕の頭から飛び上がり、怒ったように宙で体を揺らしている。すみませんと振り向き様言おうとしたら、明るい金の髪をした女の子がその場に屈んで、慌てた様子で散らばった赤い花を広い集めていた。あ、と僕も反射的にしゃがみこんで二、三本を手に取ると、顔を上げた少女にそれを差し出した。長い睫毛に縁取られた目が見事に丸くなる。大きな青い瞳。

「merci」

数秒間を置いた後に、ニコ、と少女ははにかんで、歌うように言いながら花を取った。ぽかんと手を出したまま固まる僕の横をすり抜けて、彼女はぱたぱたと小走りに、やがて人混みの中へ見えなくなった。揺れる金髪の残像がまぶたの裏に映る。消えない。向けられた笑顔の眩い愛らしさも、消えない。立ち竦んだ僕に構わず、未だ買い物メモとにらめっこ中のラビの、コートの袖をちょんと引っ張る。

「…ラビ」
「うーん?」
「メルスィ、って、どういう意味?」
「…『ありがとう』、さ?フランス語」
「…ふうん」

どうかしたか?と不思議そうな顔をするラビに、僕は目を伏せていいえ、と首を振る。手のひらに残っていた赤い花びらを見詰めながら、僕はそれきり口を閉ざした。

―――ザザッ

『ウォーカー、ジュニア?買い出しを早急に終わらせて戻って下さい。新しく入団したエクソシストの紹介があるそうです』

//20081029