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ひゅう、と冷たく吹く風は身震いを誘い、木々は葉の色を忙しく変えている。ほんの数ヶ月の、灼熱と呼ぶのに相応しい猛暑の記憶を、世界は忘れ去ろうとしていた。二人の男女は、無人のプラットホームで汽車を待つ。手に息を吐き掛けながら、隣で必死に震えを堪えている様子の彼女の肩に、僕は黙って自分の羽織っていたコートを掛ける。彼女が驚いたようにこちらを見上げてくる。僕は小さく笑って肩を竦めた。秋の色を帯びた風が、二人の間を通り過ぎた。

「寒いならそう言ってくださいよ」
「でも、アレンが」
「僕は平気。女性が体を冷やしてはいけないでしょう?」

ね、とまたにっこりして言えば、少女はその飴玉みたいな瞳をぱちぱちとさせて、僕のコートをぎゅっと握った。吐き出された息は半透明の白。淡雪のような肌に赤みがさす。木枯らしがそうさせるのか、それとも別の理由か。後者ならよいのだが。

「夏が戻ってくればいいのに」
「少し前は、冬早く来いって言ってませんでした?」
「さあ」

惚けたように言いながら、彼女はほんの少し笑った。かさついた自身の唇を舐めなぞり、未だ汽車の来ない彼方の線路を見据える。

「一人が余計に寂しくなるよ、冬は」
「…あなただけに言えることではありませんね」
「そう?ならいいんだけど」

おもむろに彼女の腕を掴むと、切なそうに揺れる瞳がこちらを向いた。いつもは艶やかな唇が今は蒼白い。指先で触れるとヒヤリとしていた。

「…夏、帰って来ないかなぁ」
「少し待てば来ますよ…また巡って」
「うん、でも、そういうことでもなくて…」

彼女の言わんとしていることが僕はよく解らなかったけれど、それが欲しそうだったから、凍えた彼女の唇に僕はそっと熱を灯した。途端に彼女は満足げに笑う。ああ。唐突に理解する。彼女の焦がれていた夏とは、温もりのことだったか。

遠くから細く、汽笛の音が聞こえた。

くちびるで辿る夏

//20081017
企画「海底神殿」様に愛を込めて