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うずうずうず。
震え出しそうな体をまた意識して、僕は口を引き結んだまま自分の腕をぎゅっと抱き締めた。まるで病気だ。からからの喉を潤そうと、唾をかき集めて飲み込む。丁度紙束を抱えた彼女が、リナリーと談笑しながら廊下の角を曲がっていった。途端に動悸が止んだ。僕は深刻な面持ちで腕を組んだ。まだ先程の名残で少しどきどきと早い胸に手を当ててみる。ここ最近ずっとそうだ。急に心臓が痛く跳ねて頬が熱くなる。場所は関係なかった。食堂、談話室、書庫、修練場、そして今みたいに廊下のど真ん中でも―――…  共通していることはただひとつ。かならず、つい先週入団してきたばかりの、名前も知らない少女が目に触れる場所なのだ。
目立つような人ではなかった。リナリーや神田のような黒髪から、教団では珍しい東洋の生まれだろうということ以外に、特別僕が興味を引くようなものを彼女は持っていないはずだった。それなのに、今までに一度だけ、ほんの一瞬目があったときになど、自分でも信じられないくらいに動揺した。そのときのことを思い出し、僕は叫びだしそうなのを抑えるように頭を掻きむしった。らしくもない―――  腹が空腹を訴える。それに僕ははっとなって、ようやく固まっていた足を踏み出した。そうだ、食堂に向かっていた最中じゃないか。お腹が空いているから、こんなおかしな気持ちになるんだ。自分でも到底納得出来ない理屈で無理矢理結論付けた。先程リナリーたちが曲がった角を僕も右折。どん。途端に誰かがぶつかった。小さく悲鳴をあげて倒れかけたその誰かの腕を咄嗟に掴む。柔らかい細腕の感触に、目を上げれば彼女だった。大丈夫ですかと言おうとした唇は、驚愕の音を代わりに洩らす。思わず手を離してしまい、体勢の立て直っていなかった彼女は再度よろけ、しかし何とか倒れずには済んだ。彼女はひとりだった。すぐそこに室長室。なるほど、何か運びものをした後引き返してきたというところか。彼女は謝罪と礼をひとつずつ述べ、少し困ったような顔をした。思い当たって、アレンです、とやや上擦った声で言うと、彼女はあっと思い出したような声を上げて頭を下げた。ふいと横を過ぎる姿を僕はじっと見詰めた。うずうずうず。一度しっかりと触れてしまった、また彼女に伸びようとする手を僕はぎりりと握り締める。声を掛けてしまいそうな唇を閉ざす。それでも、数メートル距離が出来たところで僕の心が我慢出来なくなって、無意識に駆け寄ってその手を掴んだ。心臓が歓喜に震えた。名前を教えてくれませんか。驚いた彼女の表情が嬉しそうに和らぐ。君を求める体の震えは、治まるどころか増すばかり。
うずうずうず。うずうずうず。

20080923
うずうずって言葉が好き。