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お腹が空いたのか、あまり寝ていないのか、ひょっとして恋煩い?悩める少年というのは大変厄介であると私はつくづく思う。

「おーいアレーン」
「………」
「ウォーカーくーんいらっしゃいますかー?」
「………」
「おいこら聞いてんのか方向音痴大食漢若白髪モヤシモヤシモヤシー」
「………はあ」

思い付くだけ罵倒して、漸く返ってきたのはなんともやる気のない溜め息だった。私は眉根を寄せて腕を組む。モヤシの3コンボでも反応しないなんてこれは重症である。がたりとアレンの席の正面の椅子を引いて、机に頬杖をつきながら彼の遠い目を覗き込んで呼び掛けた。

「ねーアレン何があったの、オネーサンに相談なさい?ほら」
「…僕の方が数ヶ月年上です」
「男の子はそういう小さいことを気にしてはいけない」
「実は、医療班の娘に告白されてしまって…」
「あら、また?それでお返事に迷ってるの?」
「いえ、その場でお断りしました、恋愛とかまだ僕には解らないから。ただ、毎回好意を寄せてくれる方に気持ちを返せないのが心苦しくて…」

アレンは悲しそうに目を伏せた。ならば言い寄られないように誰かと付き合ってしまえばいいのに、そう言えば、気持ちもないのにそんな失礼なこと出来ませんと返す。女性に対して真摯なアレンらしい答だと思った。

「余計な感情挟まないで、ずっと一緒に居てくれる君と居る方がずっといいです」
「じゃあ、私と付き合ってる振りしよっか?」
「それ本気で言ってますか?」
「そんなわけないじゃない」

肩を竦めればアレンも薄ら笑った。こんな腹黒を恋人にするなんて冗談じゃないし、アレンだって私みたいな愛想のない女を彼女と呼ぶなんて真っ平ごめんだろう。友達という関係は酷く心地が良いもので。

「キモチの問題なんだから仕方ないじゃない。別にアレンが悩むことないと思うけど」
「…そうですかねぇ…」

はあ。と悩ましげに溜め息を吐きながらアレンは立てていた肘を崩し、組んだ腕に顔を埋めて突っ伏してしまった。ああ全く、モテる男は辛いんだなあ。恨むならあなたをこんなに綺麗な顔に造ってしまった神様を恨みなさい。

と無責任なことを言っても、こう元気がないアレンを見ているだけというのもなんだか居心地が悪い。図々しく生意気で可愛くなくて口が減らない、私的アレン・ウォーカーはそんな奴だ。こんなネガティブでいられちゃこっちが調子狂う。
私は暫く考えた後、アレンの額に銃口を当てるように人差し指を突き付けた。驚く隙なんてあげない。ぴくりと跳ねた肩にニヤリ、

「ピンッポ―――ン!」
「っうあ!?」

思い切り指先でそれを突いてやったら、アレンは私の予想通りに盛大に頭を反らし、そのムカつくほど端正な顔を晒す。そこには、驚愕やら困惑やら怒りやらいろいろな感情がない交ぜになったような表情が貼り付いていた。これがまた面白くて堪らない。

「なっ…何がピンポンですか!君バカ!?」
「モヤシに言われたくなあーい」
「モヤッ…!?言いましたね許しませんよ!」

けらけらと笑い席を立った私を、追い掛けるようにアレンも椅子を蹴った。逃げようとしたら腕を掴まれ、仕返しだと言わんばかりに後頭部を指で小突かれる。盛大に前方につんのめった私は、危うく体勢を立て直しながら叫んだ。

「あ痛っ、やったなこのっ」
「先にやったのはそっちでしょーが」

やけに声が遠いと思ったら、振り返って見たアレンは既に数メートルも離れた場所で余裕にひらひらと手を振っている。

「ピンポンダッシュは上手にやらないとね?」
「………!」

人差し指の先をふっと吹いて、アレンは小首を傾げほくそ笑んだ。全くかっこつけやがっていちいち腹が立つ。しかし彼を元気づけるのには成功したようだ。

「そこで待ってなさいアレン!御用!」
「何ですそれ。日本の言葉ですかあ?」
「逃がさねぇ取っ捕まえてやるって意味よ」
「うわ、ジャパニーズって野蛮ー」

そして繰り広げられる鬼ごっこは、周りの者たちからは大層見慣れた光景で。ふたりの騒がしい笑い声が今日も大きくこだまする。


能天気な君にピンポンダッシュ!/20090914
「能天気な君にピンポンダッシュ!」様に愛を込めて。