※ 元帥アレン & 幼少ヒロイン。
たまたまオレが教団に立ち寄って、ログの整理をしていたとき(教団にはよく戻ってくるのだ、重要文献が山のようにあるから)連絡は入っていたようだったが、それを聞かされていなかったオレは相当驚いた。アレンが帰って来たのだ。
「アレンっ?」
カツンッ、思ったより大きな靴の音がした。昼食時も過ぎた16時。人も斑でがらんとした食堂に、山積みの料理を前に座る白い髪。食べ物で口をいっぱいにした彼はくるりとこちらを向いて、何かを喋ろうとモゴモゴ唸った。俺は思わずふっと笑って、かつかつとアレンに歩み寄る。
「久し振りさアレン。あんま変わってねーなぁ」
「、ッん、お久し振りですラビ」
「あー、生憎俺もうラビじゃねぇの。『ブックマン』」
「はぁ…ま、いいじゃないですか、ここではラビで」
「…おめぇホント変わんねーさ」
「それはどうも」
にっこり微笑んで、アレンはまた一本みたらし団子を頬張る。
「あっそういやアレン、弟子取ったんだろ?連れてきてるんさ?」
「ええ、勿論。ここに」
「…ここ?」
アレンの膝元を覗き込んでみれば、アレンの体に隠れていたらしい小さな子供の体が確認出来た。最初に目に入るのは、ユウと同じ黒い髪。ぼんやりと半分開かれた瞳は髪と同じ漆黒で、見たところ半分夢の中といったところだ。20歳になったアレンが元帥という地位につき、世界中を放浪している中で、弟子をとったという話は耳にしていた。しかしこんな小さな女の子だったとは予想外だ。10歳を越えたか否か、という辺りだろうか…。
「あれ、ヒロイン、疲れちゃったのかな?結構な長旅でしたからね」
「ヒロインちゃんっていうんか? へぇ、ちっちぇーカワイー」
「えへへ〜そうでしょう可愛いでしょう。あげませんよ」
「はは…アレン、お前顔緩みすぎさ」
「え?」
ヒロインを背後から抱き締め大っぴらに自慢するアレン元帥は、でれ〜っとした締まりのない顔でだらしがないこと極まりなかった。しかしそれを指摘されても改めようなど全くせず、いとおしそうにヒロインの柔らかい髪の毛を撫でた。
「だってこーんな可愛いこが自分の腕の中にいるんですよ?」
「おまっ…羽目外すなよ、一歩間違えれば犯罪さ?」
「何を言うんです、ヒロインも僕のこと大好きですもんねー?」
「ん…?」
とろりと眠たそうな瞳をしていたヒロインは、名前を呼ばれて小さく首を傾げた。そして少し考えてから、にこりと笑って大きく頷く。
「うん! ヒロイン、おっきくなったら師匠のお嫁さんになるのよ!」
「ヒロイン…ああヒロインっ!」
泣き出さんばかりにアレンは叫ぶとぎゅううっとヒロインを抱き締めて、「絶対幸せにしてあげますからね…!」なんてほざく。なんだこの年の差バカップル。ていうかロリコン?このアレンさんそろそろ止めた方がいいさ?
「あら、アレンくんじゃない!」
「え、あっ、リナリー!」
駆けるような足取りで近付いてきたのは、昔より幾分大人の女性へと成長したリナリー嬢であった。緑がかった艶やかな髪を、出会った頃を彷彿とさせる活動的なツインテールに纏め、それが大きく揺れる様は目を奪われるものがある。
「お久しぶりです、お元気そうで」
「ええ、アレンくんも随分元帥らしくなって…あら、この子は?」
アレンの腕の中に収まり、見え隠れする漆黒にリナリーは目を止めた。ああ、とまたアレンは嬉しそうに目を細めると、少しリナリーに体を向けてヒロインの顔がよく見えるようにした。
「この子はヒロイン、僕の愛弟子です。ほらヒロイン、このお姉ちゃんはリナリー。挨拶出来るよね?」
「初めまして、リナリーおねえちゃん」
アレンの膝の上からぴょんと飛び下りると、ヒロインは深く腰を折り曲げてリナリーにお辞儀した。驚いたように目を丸くしていたリナリーは、ヒロインのその愛らしい童顔ににっこりと微笑みかけられたことで、まるでスイッチが切り替わったかのように少女を抱きすくめた。
「可愛い…!」
「ね。お人形さんみたいでしょう」
穏やかに微笑むアレンの表情が少し複雑そうなのは恐らく、自分からヒロインが離れてしまったという寂しさだろう。どんだけ弟子馬鹿なんかねぇ、この師匠…と、ラビはブックマン的目線で傍観する。
「ねぇヒロインちゃん、今いくつ?」
「11歳です」
「11かぁ…小さいのにもうエクソシストの修行なんて、大変ね」
どこか遠いところを見るように、リナリーはヒロインの頭を撫でながら呟いた。過去の自分を投影しているのかもしれない。しかしヒロインはきょとんとしたような顔をして、今度は自分がリナリーの頭をぐりぐりと撫でた。
「エクソシストの修行は大変だけど、師匠といっしょだからわたし、全然嫌じゃないよ。だからそんな顔しないで、リナリーおねえちゃん」
「………」
リナリーは静かに2、3瞬きした後、優しく笑ってまたヒロインを抱き締めた。そしてこちらを振り返って、
「アレンくん。私の大切な世界が広がったわ」
アレンは静かに微笑み返した。
「もう行くんさ?」
「はい。まだ、ヒロインに見せたい場所がたくさんあるんです」
きゅ、とリボンタイを結び直しながらアレンは言う。高所に吹く風は、その昔よりはいくらか伸びた白髪を少しずつ乱していく。ヒロインはその隣で少し大きめのマントを翻し、楽しげにティムキャンピーと戯れている。
「夜には神田も帰ってくると思うよ?」
「はっ。あんな口の悪い蕎麦侍ヒロインに悪影響です」
「し、師匠?」
「ああごめんねヒロイン、行きましょうか」
急にトーンが下がった師の声に驚いたヒロインに、アレンはにっこり笑いかけて手を取った。二重人格、とこっそり陰口を叩いたら聞こえてしまったらしい、顔色を変えず足を思い切り踏まれた。
「ではリナリー、ラビ、お元気で」
「弟子ばっかにかまけてねぇで仕事しろよ」
「解ってますよ失礼な」
「ヒロインちゃん、また会いましょうね」
「うん、ばいばい、リナリーおねえちゃん」
急かすように吹く風に背中を押され、ひとつの師弟は教団から去っていく。次ふたりがここに来るのは何年後だろうか。あの少女はこれから大変な目に合うんだろうけど、アレンが一緒ならちゃんと乗り切れる気がする、そんなのは明らかに俺の私見だが。
そしてふたつの影は、小さくなりやがて外の世界へ消えていった。
少女の世界はまだセピア色のまま
これから知る色は、美しいものばかりではないんだろうけど
20080830