log | ナノ

どっ、どっ、と心臓がまた、恐ろしい音を立て始めた。自分の部屋に閉じ籠り鍵を掛け、ドアに背を預けたままその場に座り込む、この状態を何度経験しただろうか。胸を掴んでいた手を離し、ぐちゃぐちゃに混乱し項垂れた頭を抱え込む。落ち着け。落ち着け……

この頃僕の調子はすこぶる悪い。身体面では良好この上ないのだけれど、精神的に不安定でならないのだ、はっきりと自覚出来る程に。晴れない靄が僕の中を渦巻き続け、気付けばひとりの女の子のことを考えている。食堂で談話室で修練場で見付ける度、何気なく名前を呼ばれる度、僕の鼓動は痛い程早くなるし、恥ずかしいくらい頬が火照る。こんなんじゃ任務に差し支える。そんなこと解ってるけど、自分だって好きでこうなってる訳じゃないんだ。だから僕は、この感情を振り払う手段として、彼女を拒絶することを選んだ。感情を遮断して思考から追い出して、そうすればこんな思い吹っ切れると思っていた。

しかしこれは逆効果だった。会えない、というよりは意図的に会わない日々が募れば募る程にどうも苛々して、時に不安になって、そして堪らなく切ない。すぐ挫けて彼女と合わせた時間にふらりと食堂に行くと、こんな僕にも柔らかい笑顔を向けてくれて、胸の痛みは増せども何か満たされる。優柔不断。思わず自嘲した。

そして今日。長期と呼ぶには短いが、それなりの日数を要した任務から彼女が帰ってきた。僕を惑わせてならない少女が。無事でいてくれたことに心底安堵したけど、この教団内、探せば容易に見付かるくらい近くに彼女がいることを否が応にも意識してしまい、また僕はおかしくなった。気付かない振りをし続けたその『理由』も、ここまで来たらもう直視せざるを得ないだろうと考える。それを認め受け入れることは、自身の解放であると同時に聖職者としての破滅であった。部屋を抜け出しこの瞳に彼女を映してしまえば、僕はもう戻れない。感情が爆発する可能性も否定出来ない。それでも焦がれるというの、ならば。

二酸化炭素が充満した部屋に佇む少年は、生唾ひとつ飲み下し、震える手で鍵を開け放った。


それは絶望と酷似した幸福
It is happiness that resembles despair closely

会いたい。触れたい。声を聞きたい。言葉にしたら両手両足じゃとても足りそうもなかった。いくら走っても不思議と全く苦しくならない。高鳴る胸に黙殺出来ない甘い感覚。ただひた向きに、追い掛けるのは君の影と恋心。

20080823
エクソシストという立場上、アレンは恋愛することを躊躇っていればいいと思う