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「なぁ馬鹿弟子」
「何ですか師匠」
「お前、本気でヒロインに惚れてんだろうな?」
「!」

ごふっ、と飲んでいた紅茶にむせる。慌てて唇を拭う僕とは対照的に、優雅に煙草を燻らせる師匠。舌を火傷したかもしれない。しかし今はそれどころではない。

「なっ、なな、何をおっしゃるんです」
「ああ?俺が気付いてないとでも思ったか?お前ヒロインと二人っきりになる度口説いてるじゃねぇか、解りやすいんだよ」

く、口説いてるなんてそんな…と反論したいのだが、あながち間違ってもいないので言い返せない。事実、僕はヒロインが好きだ。ヒロイン、とは、半年ほど前に僕と同じく師匠に弟子入りした、ひとつ年下の女の子だ。喉にイノセンスを持つ寄生型で、だからなのかとても声が綺麗で。恋心を自覚したのはつい最近だけれど。

「…好きです。本気で」
「ヒロインはもともと箱入りのお嬢様だ。初めての恋人にするには厄介だぞ」
「ヒロインをそんな風に言わないで下さいよ。僕はこの手で彼女を幸せにしたいんです」
「なら馬鹿弟子、お前ヒロインの好きなとこ全部上げてみろ」
「いいですよ、ええと、優しいとこ可愛いとこ背が小さいとこ色白なとこ子供好きなとこ綺麗な声人懐っこいとこ働き者なと「何してるんですか二人とも?」

言葉を遮るソプラノに僕ははっとドアの方向へ顔を向けた。パンやジャムのビンが入ったバスケットを手に下げ、丁度買い出しから帰ってきたヒロインがそこに立っていた。うわ、うわうわうわ。僕の心臓はもうそれだけで現金にもばくばくと鼓動を刻みだす。もうこれ病気だ病気。ヒロイン大好き病。

「おう、ご苦労だったなヒロイン」
「あ いいえー。いくつかおまけして頂きました」
「ほう。やはり馬鹿弟子よりヒロインを向かわせて正解だった。買い物上手だ」
「でも市場には女性の売り子さんが多いです。アレン君がいたらもう少し安くついたかもしれません」

ふふ、と口に手をあてて微笑うヒロインに見惚れて性懲りもなく顔を熱くしていたら、不意に横から師匠の視線を感じて、僕は慌てて彼女から目を逸らした。

「何をしているのか…と言ったな。実はこの馬鹿弟子がお前のこと「わーわーわーっ!」

急な大声にヒロインはびくっと肩をひきつらせた、ああヒロイン驚かせてすみません…!だってこの馬鹿師匠が今とんでもないことを!僕は師匠の胸ぐらを掴んで引き寄せると、ヒロインには届かない程度の声で、しかし叫ぶように猛抗議した。

「(ちちちちょっと何言い晒す気ですか!)」
「あ?ヘタレた弟子の代わりに言ってやろうっつー俺の優しさ溢れる心遣いだろうが。顔を近付けるな」
「(ヘタッ…! 有り難迷惑かつ余計なお世話ですよ!)」
「ほー。なら今ここで言ってみろよヒロインが好「だからあああああっ!」
「っ…せぇな馬鹿弟子ィ! 男なら潔く当たって砕けろ!」
「砕けないように今段階を踏んでいるんでしょうが!」

まるで中学生の会話だ。好きな女の子の目の前でこんなやり取りおかしいってのは解ってる、解ってるけど、一応心の準備ってものがあるだろう。そしてここまでぎりぎりな会話をしているにも関わらず、さっぱり事態が理解できていないというような顔で首を傾げているヒロインもある意味すごい。

「ヒロイン。馬鹿弟子がお前に言いたいことがあるとよ」
「師匠っ…」

とん、と背中を押されて、僕はつんのめりながらヒロインの前に進み出た。キャンディーみたいに大きな瞳が僕を見上げてくるから、目の前が真っ白になるくらい緊張する。

「なんですか? アレン君」
「え、っと、あの、僕…」

ぐるぐると言葉が頭の中を旋回する。何て言えばいいんだろう?口説き文句のレパートリーは数多くあっても、こういう大事なときの台詞は用意していなかった。こういうときは。こういうとき、は…

「…ヒロインが…好きです…」

あああやっぱりこれしかなかった。回らない頭では飾り文句を考えていられる余裕もなく、直球の言葉しか用意出来なかったんだ。ヒロインはきょとんとした顔をして暫く僕を見詰めていた。そりゃいきなりこんなこと言われれば驚きますって…驚いた顔も可愛いなーヒロイン…。後ろではくすくすと師匠が押し殺すように笑っているのが聞こえる(このやろ絶対楽しんでる…)

「アレン君っ」
「、は」

い。と言い切る前に、スキップするみたいな足取りでひょいひょいと近付いてきたヒロインに、がばっと抱き付かれた。……は?

「〜〜〜ッッ!?」
「えっへへ! 私もアレン君のこと大好きです!」

ばふっと頭がショートする。柔らかなヒロインの髪が頬をくすぐるのが心地良い。え、嘘。ヒロイン。ヒロインヒロインヒロインヒロイン。本当に好きです。大好き。
嬉しくて嬉しくて、そっとその小さな背中に腕を回そうとし―――たのに、胸にあった温もりはするりと僕から離れ、僕の手はすかっと空を切った。ぽかんと固まる僕を他所にヒロインはにこにことした表情のまま僕の背後の師匠に駆け寄り、

「勿論師匠も好きですよ」
「な…ッ!?」
「ほう」

ちょ、っと、好きってそういうことですか!?と僕が青ざめている間にも、師匠は楽し気ににやりと笑んだ。ヤバい、とそう直感した僕を置き去りにして、師匠はヒロインの細腕を掴み。そして。

「俺も好きだぞ、ヒロイン」

ちゅ と。あろうことかヒロインの額に口付けたのだ。

「っあああああ!?」
「ししょー、お髭が痛いです、剃ってくださいよ」
「はは、いつかの女にも言われたな」
「ちょっヒロイン!? あなた今額とあれど男にキスされたんですよ!」
「? いつも挨拶でするじゃないですか、イギリスじゃあ当たり前でしょ?」
「師匠のは明らかに下心がっ…」
「じゃあアレン君もしてください、キス」
「!?」

魔性の女(無自覚)にアレン少年の気持ちが伝わるのは、まだまだ先のお話のご様子。


ピンキーガールにご注意を/20080802
べたぼれアレン君を書きたくて