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奇跡とか?運命とか?予言とか?神様とか?

は。馬鹿馬鹿しい。

「…聖職者の口から出た言葉とは思えませんね」

苦く笑いながらそう呟くアレンが、ジェリーさんお手製のジンジャークッキーを前歯でぱきんと割る頃に。ギ、と椅子の背もたれを鳴らして体を丸める、私の腕は暖房がよく効いた部屋で随分と冷たい。冷えた指先を口元に。柔らかく潰れた私の唇を、アレンの瞳が眩しそうに見詰める。

「あなたは信じるっていうの?」
「表向きは」
「…まぁ、そうね」

飲む気もない紅茶に角砂糖をまたひとつ。冷めかけた液体は既に飽和状態で、砂糖の塊は少し角が取れた程度にカップの底で揺れる。

「私とあなたが使徒に選ばれたのは運命だけど、私とあなたが出会ったのは運命じゃないわ」
「はい」
「あなたの大食いはただの必然。私の甘味嫌いもまた必然」
「ええ」
「解ってる?あたしの言ってること」
「まあ…なんとなく」
「…あ、そ」

くわえたチョコは特上ビター。舐めた上唇にとろりと苦味。大人になりきれない可愛くない子供の私の、それは精一杯の背伸び。

「正直なんでも良いですけどねぇ、君が十字架を暖炉に焼べたって、聖書の内容を全て忘れたって、僕は何も困りませんし。…ただ」

砂糖のぐずついた紅茶に指を浸し、彼はその爪先で自身の唇を撫でた。眉をしかめる私の顔を覗き込み、甘ったるい表情と、甘ったるい声で。

「そろそろ僕のことは、名前で呼んでくれてもいいかもね」

重なる唇のむせ返る砂糖の香。息を止めると目の前の睫毛が色っぽく揺れる。舌先が痺れた。甘くなる唇。甘くなるため息。太陽はちょうど雲に隠れたようだ。

そうね、こんなおやつも悪くはないのかも。


無神論者と午後三時/20110110