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「…釣れた?」
「いや、全然」
「島は?」
「見えねェ」
「はあ…」

船縁にふたり並んで釣り糸を垂れながら、私は何度目かのため息を吐いた。「すっげー発明思い付いた!」とか言って、元々ルフィと釣りをしていたウソップが、ロビンの花壇の水やりを手伝っていた私に釣竿を押し付けて飛び出してから早一時間。収穫は皆無。海はどこまで行っても海。

「暑い、焼けちゃう」
「お前真っ白なんだからちょっとくらい焼けてもいいだろ?」
「紫外線を浴びたら赤くなる肌質なのよ、痛いから嫌」
「へー」

海賊である以上陸より海の上での生活が長くなる。木々の緑がないから、四季の移り変わりなんて解らないけれど、きっともう春から夏に暦は移っているのだろう。

「…釣れない、つまんない」
「釣れる。そのうち」
「根拠は」
「ない!!」
「…解ってた」
「お、ヒロインちゃん、釣りか? 珍しいな」

グラスを乗せたトレイを片手で運んできたサンジが、不思議そうに声をかけてきた。私は頭だけを後ろに向けて彼を確認すると、ん、と手を伸ばしてそれを要求する。サンジはグラスをひとつ取り、私に手渡した。きらきら弾ける気泡が綺麗な、透き通る水色のサイダー。

「わあ。サンジくんスペシャル?」
「そ、おれスペシャル。終わったらデザートがあるからおいで」
「わっふー」
「サンジ、ん」
「おめぇのは向こうだ、自分で取りに来い」
「えー! ケチ!」
「はいはい結構」

ひらひらっと手を振りながら、サンジはトレイを小脇に抱えてキッチンへと引っ込んでしまった。隣で頬を膨らませるルフィをくすくす笑いながら、私はストローをくわえた。

「…っずりィ、ヒロイン寄越せっ」
「えっ、ああちょっとやめっ」

グラスを私の手ごと掴まれ、ぐびりと一気に半分を奪われた。私が慌てて残りを口に含んでしまうと、ルフィは今度は私の口に噛み付くように、

「っ…、う」
「…っぷは、生き返ったー!! さすがサンジ!」
「……ッ」

舌に残ったのはぴりぴりとした二酸化炭素と、青いサイダーの甘さと、ルフィの、温度。ぽろりと手から零れた釣竿が、はるか下方の海に消えた。

「っあ、あ! 落ちたじゃない、ルフィのばか!」
「えっ、おれのせいか!?」
「当たり前でしょ、もう、取って来い!」
「ちょ、やめろおれ泳げな…っどわあああッ!?」

ルフィの頭から浮輪をぎゅむと被せると、そのまま海へと突き飛ばした。悲鳴を打ち消すほどに盛大に舞った水しぶきをいくらか浴びながら、隣に残された麦わら帽子を掴み上げて目深く被る。

「…あっつい」

ほら顔が赤い。紫外線のばかやろー。


20100711