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「…キレーだな」

すい、とまた私の髪に櫛を通しながら、ルフィはうっとりとつぶやいた。手元の本から目を上げて、私は振り返ろうと思ったけれど、まだルフィが手を止める様子はなかったから、正面の紅いまだら雲を見詰めるだけに留めた。

「……綺麗?」
「ああ。キレーだ。さらさらで、真っ黒で、細ェ」
「そう…ルフィの髪も同じだと思うけど」
「おれの?」
「さらさらで、真っ黒で、細い」
「…でもおれは、お前の方が好きだ」

ぼす、と頭のてっぺんに優しい衝撃。私はぎくりと肩を強張らせるけど、彼はそんなことちっとも気にしない。髪に埋めた鼻ですんすんと匂いを嗅がれる。きっとにへらへら、締まりのない顔をしているんだろう。

「ん…ヒロインの匂い」
「…ルフィ、くすぐったいし、恥ずかしい」
「恥ずかしい? 何でだ?」
「何でも。はなれて」

ぱっと頭を離したルフィをそっと振り向くと、伏し目がちな彼の顔がおずおずと近付いてきた。どき、と心臓が鳴ったけど、私は目を少し細めるだけ。顔を赤くしたり、愛を囁いたり、そんな可愛らしいこと出来ない。唇にルフィの吐息を感じる距離までくると、ぴたりとそれは動きを止めた。

「…していい、か?」
「……?」
「あ、いや…なんかヒロイン、怒ってるみたいだったから」
「…怒ってる? 私が?」
「お、おお」
「怒ってないよ。無愛想は生れつきって知ってるでしょ。ここまできて止めるなんて言うなら、怒るかもしれないけど」
「!」

上目遣いの目配せに、彼の頬がぱっと淡く染まる。つられるようにじわりと私の顔も熱くなった、気がする。柔らかな口づけは甘い夕暮れの味。薄群青の風が、不器用に梳かれた私の髪をいくらか煽って空に消えた。

「お前、…」
「……ん」
「…そんな可愛い顔、するな」
「、へ」

ぺた、と両の頬をルフィの大きな手のひらが包んだ。少し冷たい。否、私の顔が、熱いんだ。

「…ルフィのせいでしょ」

ルフィは困ったように笑って、私の鼻先に口づける。また顔が赤くなった。歯止めがきかなくなったように、小さなキスを幾度も重ねるルフィは、私がストップって言わなければ、晩御飯の号令がかかるまで止まらなそうだ。

「ルフィ…くすぐ、ったい、って」
「わりぃ」
「っ…悪いと思って、ないでしょ、」
「ああ」
「もっ…んぐ…」

文句はルフィの唇に飲み込まれる。ぽうっと頭の中がぼやけてくる。重ねた口がしっとり熱くて、ルフィの瞳もなんだか夢見るように熱っぽい。ぞわりと胸が粟立った。ああもう、何でもいいや―――


ゴトトっ


「「え」」
「「あ」」

私とルフィの声に、ウソップとチョッパーの声が綺麗に重なった。私は驚愕した顔を上げ、ルフィは目を見開いて振り向く。植え込みの影に「しまった」と言わんばかりに、引き攣った顔に冷や汗を浮かべるウソップとチョッパー。四人の視線がぴたりとあった途端、びしりと何かが凍り付く。

「…あ、どうぞお構いなく」
「続けていいぞ二人とも」
「おお、じゃあお言葉に甘えて」
「…〜〜〜っ!!」

気にするなという仕種をしながらもこの場を立ち去ろうとしない二人に、ギャラリーの熱視線を受けながら尚も、何事もなかったかのように迫ってくるルフィ。顔を真っ赤に染めて口をぱくぱくさせていた私は、またぬけぬけと甘い声で私の名前を囁いて来る男の頭頂部を、渾身の力で殴り付けながら叫んだ。

「どいつもこいつも空気読めーーー!!」


日暮れの恋人とお邪魔虫/20100530
どんな終わり方だ。