log | ナノ

「ふわぁ…おっきなケーキ…」
「ん? あ、ヒロインちゃん」

全長2メートルはあろうかという生クリームのケーキをきらきらした瞳で見上げるヒロインに気付き、エプロン姿のサンジは泡立て器片手に振り返って少し笑った。頭を右へ左へ傾けて楽しそうにケーキを眺めるヒロインが、それを指差してサンジを見る。

「これって、サンジくん」
「そう、船長の誕生祝い。あの大食らいにかかりゃあこんなケーキ一瞬だろうな」

苦笑いのサンジにヒロインもくすくすと軽く口元を覆う。今頃はまた船首に胡座をかいてウソップたちと釣りをしているか、船縁で寝ているかだろう。自分の記念日だというのにまったくいつも通り。忘れているのか気にしていないのか。彼らしいといえばらしいのだが。
前の港で何かプレゼントになるものでも買ってくればよかったか、と少し後悔。けれど何を買おうとしたって、結局彼への贈り物なんて、食べ物くらいしか思い付かなかったかな。ふ、と口元を緩めるヒロインに、柔らかな笑顔のサンジはイチゴが入った銀のボールを差し出した。

「飾ってくれるかい?」
「うん!」












星が綺麗な夜だった。

「ねえ、ルフィ」
「ん?」

潮風と波の音。濃紺の空に吊り下がった金の星。私の頭を撫でていた手が止まる。甲板に座り込んだルフィの両足の間で私は膝を抱えて、丸めた背中に感じる温かいルフィの胸に、トンと頭を預けた。

「どうして今日の晩ご飯があんな豪華だったのか、解る?」
「あー…そういえばそうだなァ。何か良い事でもあったんじゃねェのか? サンジ」
「もう…」

はああ、と大袈裟にため息をついてみせれば、ルフィは不思議そうに首を傾げる。後ろからお腹に回された腕が、私をぐいと引き寄せた。肩口に埋まるルフィの鼻先。左頬に柔らかな黒髪が触れてくすぐったい。

「お前何か知ってんのか?」
「ひゃ、…あ、あのね、ルフィ今日、いっこ年を取ったでしょ?」
「年? …あ、誕生日か、おれ」

ぽん、と納得したのかルフィは手を叩く。ほんとに覚えてなかったらしい。サンジくんもおめでとうのひとつも言えばいいのに、照れ屋さんなんだから。同じ食卓でご馳走にがっつくルフィの傍で、ナミちゃんが「ひとつ大人になったってのにさっぱりガキのままなんだから」と呆れるように笑っていたのも、ルフィには聞こえなかったんだろうな。未来の海賊の王様にしてみれば、年齢なんて取るに足らない問題なのかもしれない。
あのケーキ美味かったなァ、なんて嬉しそうに呟く肩越しのルフィの頭をくしゃくしゃと、いつも彼が私にしてくれるみたいに掻き混ぜる。

「おめでとう」
「うーん…。実感わかねェ」
「はは、うん。でも大事な日だよ。プレゼントとか、用意してないけど」
「そんなんいらねェよ。ヒロインが居れば十分だ」
「え、あ」

ぎゅう、って抱きしめられて、私は驚きと照れ臭さに固まってしまった。うわ、わああ。こんなにくっついたら、ドキドキがルフィに知られちゃう…

「ルフィ、」
「ヒロイン。こっち向け」
「っ、え?」

両腕だけの力で私を簡単に持ち上げたルフィは、くるりと向かい合わせに私を座らせると、私の髪をさらりと掻き上げた。どきん、どきんと心臓が揺れる。顔が赤くなってしまいそうで、すいと目を逸らしたら、こらって言うみたいに頬っぺを軽く摘まれた。ルフィの唇は緩く弧を描いている。少しだけ緊張が解けて、堪え切れずに私がへらって笑ったら、それを合図にするように、二人の唇がくっついた。

「…ルフィの口、あったかいね」
「そっか? なあ、もっとしたい」
「…うん、今日はルフィの誕生日だもん。好きなだけしていいよ」

私もしたいなんて言わなくても解ってくれるよね? 二回、三回と唇を重ねながら、ルフィの熱い手の平を握った。いくつ年を取ったって、ルフィは変わらないままでいてほしいな。閉じていた目を薄く開いたら、ルフィの細めた目がすぐ近くにあった。愛おしいものを見る視線に私は堪らなく幸せになって、ああいけない、今日はルフィが幸せになる日なのに。

「ル…フィ、ルフィ、だいすき。もっとぎゅうってして、」
「ん…」
「んぅ、ん」

力強く抱き寄せられて、二度と離れないように私もルフィの背中にしがみつく。キスの合間にむぐむぐとなんとか言葉を紡いだ。止めてほしくない。離してほしくない。ひとつルフィは大人になったのに、私はずっとわがままな子供のままだ。

「るふぃ、あたし、しあ…幸せ、に、したい、ルフィ、のこと」
「…これ以上か?」
「うん、んっ、る フィ、あ」
「はっ…も、後で聞くから。ほら、口閉じんな…」
「っ…ふ…」

息が苦しくてルフィが近くて口づけが優しくて、嬉しくて死んじゃう。頭のずっとずっと上では欠けた月が眩しくて、数え切れないほどの星が今にも落ちてきそうだ。

ねえルフィ、あなたが生まれてくれなかったら、私こんなに笑っていなかったと思うの。触れ合うだけで涙が出そうなんておかしいかな。ああそうだ、プレゼント、私の残りの人生全部ってどうかな。喜んでくれる?


愛を唄うこどもたち/20100505
Happy birth day to Luffy!