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―――ちゅ。


驚きに見開かれる瞳。触れるだけの口づけで真っ赤になってしまう、相変わらずの初々しさについ吹き出しそうになった。笑いを堪えるエースの様子に、ヒロインは恥ずかしさをごまかすように頬を膨らませる。小さな体を自らの腕で囲んでご機嫌なエースは、いつも面白い反応をくれる恋人が可愛くて仕方がなかった。

「別に初めてって訳じゃねぇのに」
「か、回数の問題じゃないよ! 慣れないもんこんなこと!」
「ああ、慣れなくていいよ。いつまでたっても初心なとこも可愛いし」
「かっ、わいく、なんて…っ、ん」

問答無用、と唇を塞ぐと、ヒロインはまた声にならない唸り声を洩らし、潤んだ瞳をぎゅっと伏せた。口づけを続けたままそんな様子を眺めながら、いけないな、と思う。丸きり初心者で何も解らないようなこの少女が、おれのような悪い大人に惚れてしまって、おれもまた彼女を底無しに愛してしまった。モラルも常識も通用しない海賊船の上でだ。彼女は、おれの何もかもを鵜呑みにするんだろう。キスの仕方も、抱かれ方だってきっとおれの言う通りにしてしまう。声の出し方もねだる言葉も、それが当たり前だと思い込まされて、どこまでも可愛らしく、どこまでも淫猥に、そして彼女はそれを知らずに。真っ白なキャンパスを、塗り潰すなんて生易しいものではなく、そのまま色にどぷりと浸してしまうような。オトナノカイダンなんざ鼻で笑って、おれは彼女を肩に担ぎ、二段飛ばしでそれを駆け登ってしまうだろう。

感じるのは罪悪感。それも、彼女を手に入れたいと渇望する欲の前では、何の意味も為さない。
感じるのは好奇心。触れれば笑顔、抱きしめれば硬直、口づければ赤面。追い詰めたとき、押し倒したとき、おれが狼になったとき、お前はどうすんのかな?

苺みたいに赤く潤む唇を、強引に貪りたい欲望を抑えるのもそろそろ限界かもしれない。なんせまだまだ若くて、人一倍に欲しがりだ。まして相手が愛しいヒロインとなっちゃ、無理してガマンする理由もない。

「そろそろ、お嫁に行けないくらいのえっろいチュー、してやろうか」

がぷ、と小さな耳に甘く歯を立てて囁くと、ヒロインの手の平が驚いたようにおれの背中にくっついて、頭では言葉の意味をぐるぐる分析しているようだった。じりじりとヒロインは視線を上げて、おれの口元を盗み見る。見せ付けるようにわざと唇を艶めかしく舐めてみせると、ヒロインはボッと赤くなって、慌てたようにおれの胸にぽすんと頭を押し付けた。さすがに意地が悪かったか、とくすくす笑いながら頭を宥めるように撫でていたら、小さな声が彼女の口から零れた。聞き返す。

「ん?」
「……お嫁に行けなくなったら、責任、取ってくれるの?」
「は。お前を別の野郎に渡すつもりなんざ端からねェよ」

そっか、とため息を吐くヒロインの表情があまりに幸せそうに見えて、おれはぎゅうと締め付けるような胸の疼きに眉をしかめた。彼女と接する時間が積もる程、新しい感情を知っていく。健気に見上げて来るこの愛らしい生き物を、早く自分のものにしたくて堪らないなんて、これも知らなかった気持ちだ。

「…しないの?」
「…あ?」

それだけ言ってヒロインは俯き、主語をおれに教えることはしなかった。解らなかった訳ではない、予想外で理解が出来なかっただけ。脈拍が跳ね上がる。

「…して欲しいって言ってるみてェ」
「…うー…」

ちら、とヒロインは戸惑うおれの瞳を垣間見て、逸らして、を繰り返す。紅潮した頬を押さえる仕種に、おれの自制心が白旗を上げた。オーケー、ステップアップだお姫様。お前が誘惑したってこと、忘れるんじゃねェよ?


シンデレラガール/20100403