log | ナノ

「っ…、ん」

つい、と喉を人差し指で撫で上げられて、私はくすぐったさに肩をびくつかせた。顎の先にたどり着いた指先をまた鎖骨辺りに戻しながら、サンジは何が愉しいのか、緩やかに笑う。

「う…な、なに…」

頭についた何かを払い落とすように首をぱたぱた振ると、こうしたい気分なんだと、些か理不尽な答えが返ってくる。その手つきは、小動物を愛でるようなものと似ていた。首筋に触れる手は温かく、気付けば心地好さに目を細めていて、その様子にサンジはクスクスと笑っていた。まあ、いいか。悪くはない気分だ。

「…ん…んーん…」
「ふ…、猫みてェ。にゃあって言ってみてよ」
「…やだ。遊んでないで離して」
「お前が逃げればいいんじゃない?」

耳にするりと指が這って、ゆるり、ゆるり、擦られる。ゾクゾクするような気持ち良さに体が痺れて、小さく眉をしかめていると、突然ぎゅうっと強く耳たぶを引っ張られた。私は毛を逆立てるように肩をびりりと強張らせる。

「い、ッたーい!」
「ハ……可愛いね、お前は、ホント」

まだジンジンと痛みの残る左耳を押さえながら、私は薄く潤んだ瞳を大きく開いて、くつくつ笑う彼を見上げる。真意が解らない。一体何を考えてるんだこの似非ジェントル。つい数秒前に私を痛め付けた右手が、調子良くいい子ぶって私の髪を撫でている。次は何だ、思い切り引っ張るつもりだろうか。女の命が一本でも抜けようものなら承知しないんだから。

「おれはさ、お前が好きで好きで仕方ないよ」
「じゃあもっと丁寧に扱いなさいよ」

ぎゅー、とサンジの弛緩した頬を仕返しだとばかりに抓ってやる。けれどその甘い表情はちっとも歪まない。

「これ以上ないくらい可愛がってるだろ? ただ時々、衝動的にいじめたくなっちまうんだ」
「へえ、いい年して好きな子いじめるなんて、良い趣味ね」
「男が考えることなんてみんな一緒だよ。自分のことを好きで仕方ないって顔が一番可愛いと思うけど、っさ、」
「な…っ、うそ、やめ」

唇の端、やけに優しいキス。なんとなく身の危険を感じた私は彼の腕から逃れようとしたけれど、手遅れだったようで、後ろから掴まれた両手首を壁にドンと貼り付けられた。押し付けた頬が柔らかく潰れる。晒された首筋に歯が立てられ、耳の裏に舌が容赦なく這う。快楽に繋がりかねないその刺激に、私は壁にしがみついて微かに声を洩らした。

「…おれの腕に囲われて、泣きじゃくる顔もそそンだよな、ってね」
「せーかくっ、わる、い、っひ、ア」
「まあそう言わないで。こんなおれも嫌いじゃないだろう?」
「馬鹿、だいっきら、ッ…んん、んーっ」

顎を掴まれて施される有無を言わせないキスに途切れそうになる意思。嫌いどころかばかみたいに好きで仕方ないの、自分でもどうかしてると思うくらいにね。どんな形でも貴方の愛なら、私は抗うことが出来ないわ。

「う…く、ん、んっ」
「…ごめんよ、苦しい?」
「…っ、…痛いのは、いや、」

抗議するようにカツカツと壁を爪先で小さく叩くと、サンジはそっと手を離して、私の体をくるりと反転させると抱きしめた。よく知る温度にほっとして、迂闊に緩めた涙腺から溢れる愛おしさ。

「…やっぱり可愛い」

私の濡れた頬に手の平を当てながら、サンジがうっとりと呟いた。ぐす、と鼻を啜ると慰めるように頭を撫でられる。泣かせたのは貴方自身のこの手でしょうが。文句ひとつ言う気にもならない。そんなに私を泣かせたいなら、喧しく喚き縋って困らせてやるわよ。止まらない涙を、もうそんな強がりで作為化させることしか出来ない。

「っ…ふええぇっ…」
「あー…惚れた女泣かせるなんて、最悪だって解ってんのに、なァ」

大きな手に引き寄せられて、ばふ、と黒いスーツの胸に顔を埋める。

「お前の泣いてる顔も好きなんだよ。たまに、見たくなる」
「…っ、も、こまっ、たな、」
「それでも側にいてくれるかい?」
「…嫌だって言、ったら、手放してもい…ぃ、みたいに、聞こえるわ」
「ははっ…無理か。じゃ、こんな運命さ、諦めてくれ」

捕らえる眼差しも声も十本の指も、一つ残らず私が愛した貴方。それらが私をたとえ突き放しても、きっと私の方から求めて焦がれて、鳴いてしまうわ。

言葉に反するこの心はとっくにすべて貴方のもの。望まれるまま求められるまま、子猫のように愛らしく、手なずけられてあげましょう。


mewl/20100402
しあさんに愛を込めて(相互記念/1万打お礼)