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「ヒロイン」

ぎゅう。背後からこんなふうに抱き締められることも、悲しいことにもう慣れた。さして驚きもせず溜め息をひとつ、それから顔を天井に向けると、満面の笑みを浮かべた綺麗な顔がにーっこりと微笑み返してきた。
私よりひとつ年下の新人エクソシストくん、彼はアレン・ウォーカーという。アレンくんが入団して次の日食堂へ続く廊下でばったり会い、初めましてと宜しくの在り来たりな挨拶を交わして以来、何かとちょっかいを出してくるのだ。
初めは可愛い子だなと思っていたけれど、半年もすればみるみる体格もよくなって、すっかり男の子らしくなってしまった。ただ当初からの私への抱き付き癖は、直す気はないらしいが。

「…何でしょうアレンくん」
「ふふ、ヒロインの可愛さに引き寄せられてしまって。これからどちらへ?」
「いや、今は待機中だから取り敢えず部屋に戻ろうと」
「そうですか、ではご一緒します」
「は?何故?」
「僕も非番で退屈なんですよねぇ。なんてのは言い訳で、ただヒロインと居たいからなんですが」

ねぇいいでしょ?いいですよね?私の返事が遅れるほど、首元に回った彼の腕に力が篭っていく。いや、アレンくんが欲しいのは私の返事ではなくて許可か。あ、ちょっと首締まってるこらこらこら

「くっ、苦しいよアレンくん苦しい」
「早く答えてヒロイン、でないと本当に息が止まってしまいますよ」
「でも、っん、花も恥じらう年頃の乙女が、部屋に男の人あげるなんてだめだよ…!」
「あはは可愛いこと言いますねー」

うわあはぐらかし作戦失敗。ていうかせめて突っ込めそこは!こっちが恥ずかしいだろばかやろうー!

「そうですね、ヒロインは恥ずかしがりやですからこんな人前じゃ言えませんよね」

ふっと腕の力が緩んで、酷く苦しかった呼吸が楽になる。ひゅ、と酸素を大きく取り込むと、事の元凶はくすくすと楽しそうに笑った。

「ヒロイン、お暇なんでしたら僕と遊んでくれません?あーこんなところにトランプがありますねどうですポーカーでも」
「何がこんなところにですか何がどうですですか。事前に仕込んだ感がひしひしと伝わってくるよアレンくん」
「どうやら感覚器官まで馬鹿になってしまったみたいですねヒロイン。あ、ポーカーのバツゲームは負けた方が勝った方に絶対服従でいいですよね?」
「良いわけあるか!失礼な事言い逃げる気ねアレンくんしかも何その私に絶対的不利なバツゲーム認めないわ私認めません」
「もう、我が儘な口ですね」

頑なに離れることを拒んでいた腕がするりとほどけて、私がぽかんと面喰らったのも束の間、くるりと体を反転させられた。驚きに声も出せないでいたら今度は両手首を掴まれて、あっと思ったときにはもう、アレンくんの顔は目の前にあった。

「…っな…」

微かな呼吸すら唇に掛かる距離。見ずとも解る彼の薄ら笑い。狂ったように暴れる私の心臓。

「塞いでいい?」
「なん…で」
「何でって、『僕がそうしたいから』ですよ。他にどんな理由があるって言うんです」

顔を真っ赤にして押し黙ったら、アレンくんは少し眩しそうに目を細めた。近付きも遠ざかりもしない目の前の唇に私は酷く動揺して、何とか体を離そうと試みても、手を拘束した大きなそれが許してくれない。ぎゅっと痛いほど力が篭るアレンくんの手に、あなたに逃げ道などないのだと、そう言われているような気がしてならなかった。

「…ヒロイン?抵抗しないならホントにしますよ」
「これでも精一杯抵抗してるわよ悪かったわね」

奥歯を噛み締めつつそう言えばアレンくんは喉の奥で小さく笑って、

とん。柔らかい感触が私の唇にぶつかった。

「んッ…!ちょ、ほ、ほんとにする奴があるかっ…」
「ヒロイン、真っ赤です」
「るさい、知ってるっ」
「へぇ、解ってたんですか。そんな可愛らしく頬っぺたあかぁくして、さっきまで必死に拒んでたくせに」
「…だって、」

その通りだ、何で私はこんなにも顔を熱くしている?答なんて簡単だった、なんと私は困ったことに、

「…全然、嫌じゃ、なかった…」

漸く解放された手で、信じられないやらどうかしてるやらごちゃごちゃな頭にショートしそうになりながら自らの唇をごしごしと擦っている間、アレンくんは大きな瞳を更に大きく見開いて、意外そうな顔をしていた。しかし次の瞬間には、まるでスイッチが切り替わったように私の腕を素早く引き剥がし。そして少し赤くなってしまった私のそれに、リップ音をオプションに、有無を言わさず再度口付けを落としたのだ。

「!なっ、何でまたするのよ!?」
「嫌じゃないんでしょう?」
「ッ…ばか!モヤシになってしまえ」
「全力で遠慮させていただきます」

今出来るだけの憎まれ口も、上機嫌の最高潮にいるらしいアレンくんに効果は皆無。ふいと視線を逸らせば今度は耳朶に甘く噛み付かれて、悪い男の人のような声で囁く。

「このまま僕のものにしてあげる」
「…こちらこそ全力で遠慮願うわ」

苦し紛れのそんな言葉と正反対なことを思ってしまった事実など、この年下の腹黒王子に告げられる訳もなく。


ホールドハート


//20080705
企画「アレン様総攻め祭」様へ愛を込めて