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重大発表、その一。

「サンジくんに告白されたあ!?」
「ひゃっ、ナミちゃん! もっ、声小さくし、してよおっ」

グシャッと新聞を握り潰し、テーブルに身を乗り出してきたナミの肩を、ヒロインは辺りを気にしながら慌てて押し戻した。再び椅子に腰を下ろしながら、そう、サンジくんとうとう言ったのね、なんてナミが興奮気味にぶつぶつ呟いたことに、女部屋の扉に鍵が掛かっているか確かめているヒロインは気付かない。

「で、なんて返事したの?」
「あ、そ、それが…突然すぎて、びっくりして…」
「…じゃあ、まだ保留中ってこと?」

指をもじもじと弄りながらこくんと頷くヒロインに、はああ、とナミは盛大にため息を吐いた。

「あのねぇヒロイン。突然だったって…少しは気付かなかったの?」
「何が?」
「サンジくんの気持ちよ! あからさまにヒロインをしょっちゅう見てたし、何よりアンタと話すときのあのめちゃくちゃ嬉しそうな声色! 仕草! 表情!」
「え…そんな…ええっ!? そうだったの!?」

本気で驚き顔を赤くするヒロインに、ナミは思わず額を押さえた。アーメン、サンジくん。あなたが惚れた女は相当の鈍感よ。

「…で? 返事はいつするの? もう状況は理解出来たでしょ、私に相談してくるぐらいなんだから」
「…今日の夜。サンジくん不寝番だし」
「へえ、意外にすぐね」
「うん…言われたの、昨日、ちょっと待ってくれないかって言ったら、明日の夜に見張り台に来てって…」
「あら、サンジくんが?」

好きな女の子の前でなら尚更紳士的に振る舞って「返事ならいつでもいいよ」なんてカッコつけるのかと思いきや、サンジくんにしては随分急かしてくるのね。それだけ本気ってことかしら?

「愛されてるのねぇ、ヒロイン」
「うえ!? あ、愛ッ…そんな」
「で、答えは? 決まったの?」

かあ、と赤面して俯いてしまうヒロインを眺めながら、ナミはにやりと口角を吊り上げた。

「…満更でもないようね」
「あっ、あ、えと…こ、告白されたのは凄く嬉しかったんだけど、サンジくんとは今まで友達だったし…いきなり恋人…とか…」
「そんなこと言って、顔真っ赤じゃない。ほんとはサンジくんのこと好きなんじゃないの?」
「え…えっと」
「ヒロインがぼやぼやしてるなら、あたしがサンジくん奪っちゃうわよ〜」
「へっ…?」
「いいわよね、サンジくん。料理は美味しいし優しいし、顔もなかなかかっこいいし?」
「………!」

ナミちゃんが本気出したら、世の中の男の人は簡単にメロメロになっちゃうよ!解りやすく「どうしよう」という表情になるヒロインをからかうのが楽しくて、ナミはにっこり楽しそうに笑うと椅子を引いて立ち上がった。

「でもまあ、ゆっくり考えることね。少なくともサンジくんなら大切にしてくれるでしょうし。彼ならあたしも安心だわ」
「ナミちゃん…」
「うんっ、それじゃあ、ご飯行きましょ!サンジくんがどんな顔するのか楽しみね!」
「えっ!? わっ…な、ナミちゃん待って、心の準備が…っ」








ぎし、ぎし、と、見張り台へと続く縄梯子を登ってくる音に気付いて、サンジはくわえていたタバコを揉み消した。ふう、と吐いた息がほんのりと白い。徐々に大きくなる梯子の軋む音に比例して、速くなっていく心臓にそっと手を当てて、じっと自分の靴を見詰めながら彼女の到着を待った。

…ガチャリ。

控えめに開かれたドアの向こうに、恋しい少女が、少し息を乱したまま立っていた。目が合った途端に彼女は緊張したようなぎこちない笑みを見せる。

「こ、こんばんは」
「こんばんは。来てくれたんだ」

こくり、と頷くヒロインに穏やかな笑顔を向けるサンジ。

「今夜は冷えるね。こっちおいで。さっきココアをいれてきたから」
「あ…」

サンジの隣で湯気を立てる二つのマグカップに気付いて、自分の分まで用意してくれたのかとそれだけで少し胸がぎゅうと締め付けられる。あれ、変だ。どうしたのかな。ここまでくる道では震えるほど緊張してたのに、今はすごくあったかい気分。サンジくんがいつも通りだから、かなぁ。

「ありがとう、私の分まで…」
「どう致しまして。ごめんな、寒いのに」
「ううん、大丈夫。私こそすぐに返事できなくて」
「謝らないで。いきなりでびっくりさせて、悪いのはオレの方だから」

自嘲気味に笑うサンジに、ヒロインはぶんぶんと首を横に振る。サンジは柔らかく目を細めて、ぽんぽん、とヒロインの頭を撫でた。

「…サンジくん…」
「…答え、出たかい?」

小さく頷くヒロイン。サンジの手に僅かに力がこもる。聞かせてくれる、と呟いた声が震えなかったのは奇跡だと思った。
ヒロインは数秒ばかり言葉を探すように口を開けたり閉じたりを繰り返すと、あのね、と怖ず怖ずと切り出した。

「昨日サンジくんが好きって言ってくれて、私、頭が真っ白になっちゃったんだけど。すぐに答えられなかったのは、その時のサンジくんが、いつものサンジくんじゃないみたいに見えたから。優しくて、私とはまるで違った、大人の男の人なんだなって初めて気付いたの、今まで意識してなかったんだけど」

かぁ、と自分の顔に熱が上り始めたのにとっくに気付いていたサンジは、それでも小さく、黙ったまま頷く。

「でも私、…私も、サンジくんがだいすきなの。愛情か友情かなんて考えたことないから解らないけど、昨日みたいな私の知らないサンジくんをもっと見てみたいって思う、この気持ちはきっと恋かなぁ、って、」

ずっと俯いていたヒロインがゆっくりと顔を上げて、サンジを見上げる。見たこともないくらいほっぺを赤くして、信じられない、みたいな表情をしているサンジに思わず笑みが零れた。

「私もサンジくんが好きです。付き合ってください」
「っ……!」

思わず手の甲で、わななく唇を押さえた。うっかりしたら涙でも出てきそうだ、ああ情けねェ。サンジくん顔真っ赤だ、なんてほわほわ笑うヒロインの頬だって可愛いピンク色で、ふ、と胸で絡まる息を一束吐き出すと、両手でヒロインを抱きしめた。柔らかくて、温かかった。

「わっ…」
「…やべぇ、」

ずっとずっと焦がれて、ようやく腕に抱き留めた女の子。肩に顔を埋めるとヒロインのにおいがした。

「ねえ、ヒロインちゃん」
「ん?」
「…オレはきっと、優しくないよ」
「え?」

ふ、とヒロインが不思議そうな顔をして見上げてくる。

「もちろん誰よりも大事にするし、死んでも好きでいる自信はある。でも、オレは欲張りだし、君を一人の女の子として好きだから、恋人らしいことも、そのうちすぐに求めたくなると思う」
「恋人、らしいこと…?」
「そう。キスとか…その先の事とか…」
「…!!」

固くなった体を抱きしめる腕に力を込める。我ながら卑怯な男だ、とサンジは思った。警告するようなことを言っておきながら、一度手に入れたこの少女を端から離すつもりもない。

「―――だから、覚悟しててね」

唇が耳に触れるぎりぎりのところで囁くと、ヒロインの肩がびくっと跳ねて、泣き出しそうな顔でサンジを見た。未知な行為を想像したって無駄なこと。ただ、優しく笑うこの男に身を委ねていれば、悪いようにはならぬだろう。ただ必要なのは、彼を愛し、愛される「覚悟」。

「…はい…」

ちょん、とヒロインは小さく頷くと、初めて自らサンジの体に腕を絡めてぎゅっと引き寄せる。

薄く湯気を立てるふたつのマグカップだけが、寄り添うように並んでその様子を傍観していた。


これから君に恋をします/20100225