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一仕事終えた後、日当たりの良い甲板へ出て吸う煙草は格別にうまい。ふー、とたっぷり吸い込んだ煙をため息のように吐き出して、雲一つない見事な快晴を眺めた。心地の良い陽気に瞼が下がる。
スープの仕込みは完璧だ。食材にもまだまだ余裕はある。あと一時間もしたら、レディ達にデザートを準備するとしよう。

ぼうっとそんなことを考えながら指に挟んだ煙草をもう一度口にくわえようとすると、直前ですっと奪い取られて、俺は味気無い紫煙を噛んだ。

「…あ?」

くい、と煙草の行方を追って首を背後に捻ると、何とも渋い顔をして、手に持った灰皿に今までオレが吸っていたと思われる煙草を押し付けるヒロインの姿があった。

「…またかいヒロインちゃん」

こうして煙草を没収されたのは一度や二度ではない。苦笑いで頭を掻くと、ヒロインは唇を尖らせて言った。

「身体に悪いです、サンジくん。海賊は健康第一なんですから、ね?」

この台詞も何度聞いたことだろう。いけません、と人差し指を立てるその姿はまるで子供を叱る母親のようで、ヒロインに子供が出来たらこんな感じなのだろうかと想像していたら、「わァったよ」、と答えた自分の声はやけに甘ったるかった。
ニッコリと笑ったヒロインは解れば良いと頷くと、ん、と片手をこちらに差し出してきた。何の事だか解らないフリをしたって無駄だと知っていながらも、首を傾げてみせる。

「ん?」
「まだありますよね、たばこ」
「持ってないよ、その灰皿で燻ってるのが最後だ」
「まぁた、サンジくんは嘘が下手ですねぇ…」

ふ、とヒロインは静かに微笑むと、徐にオレのズボンの左ポケットに手を伸ばした。うお、と動揺したのも束の間、するりと煙草のケースを抜き取られる。やっぱりか、と僅かに鼓動を速めた心臓に手を乗せるオレを、ヒロインは小箱をカタカタと振りながら無邪気に笑ってみせた。それに見惚れたことに気付かれたくなくて、今度はオレが膨れっ面を作る。

「…でもなヒロインちゃん。いきなり禁煙っつっても、うまくいかないんだよ」
「どうしてですか?」
「長い間ずっと吸ってたしな。口が寂しいっていうか」
「あら、それなら心配ありません」

ヒロインは自分のポケットから飴玉を一粒取り出すと、どうぞ、と半ば強引にそれをオレの口に放り込んだ。いちご味。舌先で飴を転がしながら、可愛く笑うヒロインに苦笑しか返せない。

「…飴、ねえ」
「これなら禁煙できそうですか?」
「んー…」

小さな飴玉は、歯を立てれば簡単にガリ、と砕けた。細かくなったそれはすぐに溶けてなくなり、オレの口内に甘味を残していくが、吸い慣れた苦いヤニへの恋しさは消えない。

「足りない」
「飴ならまだありますけど」

今度は黄色い飴を取り出したヒロインの手首をきゅっと掴んで、いいよ、とオレは首を振る。でも、と困った顔をするヒロイン。飴なんかじゃ、煙草の代わりにはならないんだよなあ。オレはもう片方の手でヒロインの顎を捕えると、抵抗を許さない素早さで唇を塞いだ。

「っ!」

触れるだけの口づけで反応を見てみると、苦いです、なんて顔をしかめるヒロインの頬は桜色。嫌がられてはいないようだと判断がつくと、今度は遠慮なしに唇を深く合わせ、温かい咥内を舌で弄る。放した時には彼女の息は完全に上がり、力の抜けた体を支えてやらなければ立てない程だった。乱れた呼吸に合わせて上下する肩をするりと撫でて、ほんのりと赤く染まった小さな耳にあまく歯を立てる。

「オレがヤニ切れ起こしたら、ヒロインちゃんの口を吸わせてくれるかい?」

解りやすくびくんと跳ねた体が可愛くてかわいくて、込み上げる笑いを堪えるのに苦労した。照れ隠しみたいに膨れる頬に噛み付きたいような衝動。こんなの、恋人と二人きりで過ごせる時間を確保するための口実でしかないけれど。

「わ、わかりました、でも…! 人前ではダメですよ!」
「了解。じゃ、もうちょっと…」
「え、っちょ、ー…っんむ」

慌てるヒロインの顎をくいと上向かせ再び呼吸を奪った。一瞬だけ抵抗した体も抱き寄せて封じれば大人しくなるもので。舌で彼女の歯列やら上顎やらなぞる度に零れる悩ましげな声に煽られて、これはキスだけでは済まないかもしれないと心の中だけで呟いた。

嗜好彼女の風紀統制/20100211