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「…匂いが変わったねえ」

目を閉じて、すう、と空気を吸い込む。柔らかい薫りはたおやかな春色。あくびを誘うように流れる風に髪が揺れる。

「犬かお前」
「勿体ないなあ。春の匂いは一番美味しいのに」

乱れる髪を掻き上げて笑う。男は少しくらいロマンチストな方がモテるのに。チョッパーなら私の言うこと、きっと解ってくれるわね。寒さもすぐに和らいでくるはずだわ。

「そんな事よりこっち来い」
「うん? どうしてだい」
「膝寒ィんだよ、あっためろ」
「真冬島で寒中水泳する人がなァに言ってるんだか」
「あ? 誰に口聞いてんだ?」
「は、何様のつもり…っきゃ」

シャツの背中に棒の様なものが入り込んできて、くん、と後ろにそのまま引っ張られた。バランスを崩して受け身もできないまま倒れ込むと、トスっと固い筋肉の上に尻餅をつく。ありゃ。ため息みたいに呟くと、ゾロは満足げに私の腰に腕を回した。

「未来の剣豪は大事な剣をセクハラにも使うのね」
「どこがセクハラだ。欲しいモンを手に入れる常套手段だろうが」
「それはご立派」

逞しい腕に頬杖をついて肩を竦めれば、お前な、と左肩に顎を乗せてくる。

「オレは花より団子なんだよ」
「お、じゃあサンジくんに桜餅を」
「アホか」

うなじに唇を押し当てられたと思ったら、ちゅ、と強く吸われた。ギクリと心臓が跳ねる。

「ち…ちょっとゾロさん? なんでそんな目立つとこにっ…」
「目立たないとこなら良かったか?こことか?」
「ひっ…そ、そういう訳では、なくて、」

つつ、と横腹をなぞる人差し指に声が跳ねる。手をぐっと掴んで、振り返ったら思ったよりもずっと顔が近くて少し驚いた。

「…予防だ。薄着予防」
「TPOってものがあるのよ。暖かくなったのに着込んでいたら、変でしょ」
「別に厚着しろって言ってんじゃねぇ。このうなじ隠しといてくれりゃあ、おれは、いいんだ」
「なにそれ。うなじフェチ?」
「馬鹿言ってんじゃ―――あー…、まァな。他の奴の目に晒したらただじゃおかねェぞ」
「私のうなじは私のものだよ」
「お前のモンはおれの物だろうが」
「笑ってほしいの?」

下らない掛け合いの最中にまぶたが落ちるのも春の兆候。温めろとごねた彼の体は私よりもずっと熱い。腰をホールドした腕にそっと手を当てて撫でながら、頭を彼の胸にもたせ掛けた。

「…私のものが貴方のものねェ」
「文句あるのか」
「言いたい文句なら山ほどあるけど、否定はしないわ。めんどくさいもの」
「だったら、…いいんじゃねェの」
「ねえ、でも、フェアじゃないと思う」

手の節をなぞって、かさぶたをなぞって、硬い爪をなぞって。捩った視線の先の彼は、眠気に目を細めた。さっさと話を切り上げて眠りにつきたいらしく、私の手に指を絡めて、自分の体に引き寄せる。

「貴方のものは、誰のもの?」
「…欲しけりゃ、やる よ…それで満足、…だろ…?」

もういいだろうと言うように言葉尻は掠れて消える。まぶたは完全に落ちた。

「ええ。とても」

春風ひらひら、心身ぽかぽか。微睡む君に素敵な夢を。


プリマヴェーラ/20100409