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ひなたぼっこも昼寝も大いに結構、この天気の良い昼下がりに、特にする用事も楽しいイベントもなく、増して昼飯直後なんていったら温かい甲板の芝にねっころがりたくもなる気持ちは無論分かる。が、だからと言って、いつものオレの昼寝場所を取らんでも良かろうに。

「…おい」
「う〜…ん〜…」
「おいヒロイン、退け」
「やーだー」
「そこはオレ専用だ、甲板は広ぇんだから別の場所行け」
「たまにはいーでしょー」

オレの特等席に我が物顔でごろりと横たわり頑なに動かないヒロインを、ため息ひとつ吐いてからひょいと抱き上げる。きゃっ、と悲鳴をあげたヒロインを1メートルほど離れたところに座らせると、オレはさっさと取り戻した定位置に寝そべった。

「えいっ」

これでゆっくり寝られる…なんて考えは、やはり甘かったようだ。仰向けにした腹の上に、ヒロインが覆いかぶさるようにのしかかってきたのだ。普段から鍛えていることと、ヒロインの体重が軽いことからダメージは無いに等しかったが、オレの安眠には大打撃って訳で。閉じたばかりの瞳をうっすらと開けて、おまえな、と視線で訴えると、ヒロインは叱られた子供のような顔になって、慌てて言い返してきた。

「だって、ゾロと一緒がいいんだもん。ゾロの真似をしたかったんだもん…!」
「オレの真似?」
「ゾロは寝てばっかりだから、寝てる時間も一緒にいたら、きっとすごく長い間くっついていられるんだよ」

あー、へェ…そんなこと考えてたのか、お前。そりゃ、夜のうちにあんだけかわいい恋人に構ってりゃ、日のある時間に一度や二度寝たくもなる。その時間すら惜しいと彼女は言うのか。
フ、と思わず小さく笑うと、ヒロインの緊張が少し解けたように思えた。

「わぁったよ、ここにいろ」
「………!」

途端にキラキラした笑みを顔いっぱいに広げると、ヒロインは嬉しそうに何度も頷いた。ぺたりと直に柔らかい頬を胸に押し付けられる。

「へへ。ゾロのお腹、かたいね」
「鍛えてるからな。お前みたいにふにゃふにゃな腹じゃ刀振れねぇんだよ」
「うひゃっ」

ムニ、と脇腹を摘んでやると、ヒロインはおかしな声を上げてがばと起き上がった。気にしてるのに!と自分の腹部を庇いながら涙目で叫ぶヒロインに思わず笑い声が洩れる。片方の手首を掴んで引き寄せ、再び自分の腕の中へと抱き込むと、ヒロインは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにへらりと嬉しそうに顔が緩む。分かりやすいヤツだな。そこが可愛いなんて、オレの心で思っとくだけで十分だ。

「ゾロ、手もかたい」
「そりゃ、毎日ダンベル持ってりゃ豆も出来るだろ。…いやか?」
「ううん、全然いやじゃないよ。強い手だね」
「…お前の手は、優しい」

オレの手の平をなぞっていたヒロインの手を握ると、照れ臭そうにヒロインがはにかんだ。予告もなしにそんな幸せそうな顔するな、無駄に心拍数上がるだろうが。

「ヒロイン」

ちょい、と人差し指で合図すると、ヒロインは大人しく目を閉じて唇を寄せてきた。手を添えた後頭部は、五本の指で掴めてしまうくらい小さい。

「ん」

握ったままの柔らかい手にきゅっと力がこもった。甘くくぐもった声が重なった唇の間から洩れだして、何度か離れて触れてを繰り返していたら、ゾロ、と小さく名を呼ばれた。いや、呼ばれたというよりは独り言に近かったみたいだった。ヒロイン、と真似して呟いてみたら、うん、とヒロインはくすぐったそうに笑う。いよいよオレは我慢出来なくなって、優しく啄んでいた彼女の唇を深く貪った。なァ、どうするコイツ。可愛すぎる罪でお尋ね者になってもおかしくねぇよ。

「ゾ…ろ、ふ、んむ、ゾロっ…」
「…舌、出せ」
「ふ えっ、あ…ふあっ」

数時間にも思われた数秒後、濃厚なキスを終えると、ヒロインはオレの上でくったりと脱力して、頭をことりとオレの胸に乗せた。肩を揺らしながら足りない酸素を取り込んでいるヒロインの髪を梳くように撫でる。ぴく、と微かに指を震わせる、そんな小さな反応すら愛しくて、思わず無防備なつむじに唇を寄せた。

「ゾロー」

浅く息をしながらヒロインが呟く。表情は解らない。

「あたし、すごく、しあわせかもー…」
「…そうか」
「ゾロはー?」

びく、と一瞬体を竦めたのに気付かれてしまったようで、ヒロインがさっと顔を上げた。繰り返されるのは甘い尋問。

「ゾロはしあわせ?」

顔が赤らむのをごまかすように眉をしかめる。黙秘を許さぬ熱心な視線。ひとつ、はあ、とため息を吐くと、オレはヒロインの頬を掴んで頭を引き寄せ、晒された耳に唇を当てる。

「あたりまえだ」

自分で聞いたくせに手の下でかああと頬に熱が上る、それどうにかしなきゃ、いい加減オレに襲われても知らねぇぞ?


体温が融け合う昼下がり/20100210