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「ゾロさん。ねえ。ゾーロさん」
「ん…あ…?」

ムニ、と頬っぺたをつままれる気がした。眉間に皺を寄せて瞼をうっすらと開くと、あ、起きた、と嬉しそうに目を輝かせる少女の顔が見える。朝一番にこいつの笑顔。悪くねェ。

「おはようございます、ゾロさん」

ふわりと旨そうな匂いがキッチンから漂ってくるのを認識して、飯のために俺を呼びに来たのかと理解した。そっと手を伸ばして彼女の頬に触れ、そこが赤くなるのに無意識にニヤリと笑みを零す。

「ずいぶんだな?朝っぱらから顔抓ってくれやがって」
「い、痛くしてません」
「そういう問題じゃねえよ。どうせなら、」

頬に当てていた手を後頭部へと滑らせると、ぐいと引きよせて唇を塞いだ。驚き見開いた瞳を1センチの距離で挑発的に見つめ返す。ぎゅ、と固く閉じられる瞼、長めのまつ毛が俺の頬を掠った。温かい唇を離すついでに一舐めし、まだ目を開けない彼女の耳に唇を当てる。

「これくらいして起こせ」

びくりと跳ねた肩に満足して笑う。顔を離せば恥ずかしくて堪らないとでも言いたげなヒロインの真っ赤な顔。潤んだ瞳がえらく扇情的で参る。

「あ、朝から破廉恥です、ゾロさん!」
「なんだ?もっかいしてほしいって顔してるお前の言えたセリフじゃねぇな」
「……!」

素直すぎるのも罪ってものだ。指摘された本心に否定の言葉も出ないらしく、居た堪れないような顔で「ゾロさんのばか」と項垂れた。そんな反応されちゃ、オレがつけ上がるのも仕方がねぇだろうが。

「お前かわいいな」
「は!?」

くっくと喉の奥からの笑いに混じり、出てきた言葉が予想外だったのかパッと顔をあげるヒロインの頭を撫でてやる。黙って、何度も何度も撫でてやる。硬直していたヒロインの顔がだんだんと甘えるような表情に変って、それを認めたくないというように、頬を膨らませてふいと横を向いた。そういうとこがかわいいって言ってんだ、気付け。

「ごはんが、冷めちゃいます…」

照れた声がぼそりと呟く。ああそうだったな、と忘れかけていたことを思い出して、また内心笑う。そっぽを向いたヒロインの顎に手をかけるとこちらに向かせ、こいつが弱い声色で囁いてやる、「飯なんかよりお前が喰いてェ」―――

「んっだとこのクソエロ緑!!」

突然の後頭部への衝撃とともに、目の前に幾数の星が散る。よく気を失わなかったと褒めてもらって然りだ。前のめりによろけた俺は、ゾロさん!?と悲鳴を上げるヒロインに支えられ倒れずに持ちこたえた。続いて忌々しい声が耳に届く。

「いい加減目ぇ覚めたかクソ野郎。朝からヒロインちゃん口説いてんじゃねえ、おまけにてめぇ、『飯なんかより』だァ?いい度胸してんじゃねぇかコラ!」
「サ、サンジさ」
「つッ…いきなり頭どつくんじゃねえクソコック!空気読め!」
「ヒロインちゃんがどうも遅ぇから様子見に来たらお前に襲われかけて、何が空気読めだ何が!ヒロインちゃんの貞操はオレが守る!」
「人の女つかまえて何寝言言ってやがる、ってめ、ヒロインを放せ斬るぞ!」
「あああもう、ちょっ、やめてくださいー!だめ!二人が暴れたら船がー!」

麦わら一味の船に、平穏な朝など来ない。ゾロがヒロインとの甘い朝を迎えられる日も、まだまだ訪れはしないようだった。

モーニングコール/20091130