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※ ノアレ注意



「…そんな姿の貴方になんて、逢いたくなかったわよ」
「ふふ。僕は逢いたくて堪りませんでしたよ」

以前と同じ様に微笑む彼の額にはしかし、以前のアレン・ウォーカーとは明らかに違うことを物語るものが見受けられた。その雪のように白い肌に黒々と浮き上がった十字架は、痛々しい程にリアルだった。私が好きだった彼のイノセンス、相も変わらず真っ白で美しいクラウンを見つめ、私は静かに唇を噛む。

「アレンが教団を裏切るなんて、あるわけないって過信した私が馬鹿だった?」
「僕は元々『グレイマン』です。エクソシストとノア、二つを兼ね備えてこそ僕だと、気付いてしまったんですよねぇ」

彼の消息が途絶えたのは、丁度一ヶ月前だった。任務完了の報告が入り夜には帰還するはずだった彼は、次の日もまた次の日も、教団の水門をくぐることはなかった。不審に思ったコムイさんから指示されて、アレンの任務先に一番近い場所で別の任務を遂行していた私が様子を見に来た訳なのだけれど。
報告を受けたとき、以前マテールに向かったときもそうだったように、彼は何かしらの悲劇に心痛めて、その地から動けなくなっているものと私は信じて疑わなかった。しかし今目の前に立つ男は、ただ優しく狂気に満ちた瞳を輝かせ笑うだけ。

「嬉しいです、ここに来てくれたのが貴女で。僕の初めての獲物が愛しい貴女で」

にこ、と慈愛に満ちた微笑みを浮かべた彼の、その表情が拍子抜けするほどに『普段通り』だったものだったから、もしかしたら彼はまだ私たちの元へ戻れるのかもしれないと、そんな叶わぬ淡い期待が私に一瞬の隙を生んだ。
ひゅん。剣が空気を切り裂くような音がして、気が付けば、長く鋭利な爪が喉元にぴたりと当てられていた。一瞬にして血の気が引いた私の顔を、とんでもなく至近距離で覗き込むアレンは。

「いつも言っていたじゃないですか、殺してしまいたいぐらい貴女が好きだって。それなのに君は全然理解してくれないんだから…うっかり手が滑ってしまいそうで、ひやひやしてたんですよ?」
「…っそ…んな、本気だなんて、普通…」
「まあ、今身をもって思い知ってくれてますからね、許してあげます。…あは、漸く願望が叶うと思うと、嬉しくて体が震えますよ」

ぷつりと、聞こえはしなかったがきっとそんな効果音で、皮膚の、彼の爪が触れていた部分が1ミリ程切れたのを感じた。針の先でつつかれたような微小の痛み、そしてそれが、今まで私を守りこそすれど決して傷付けることなどしなかった彼に与えられたものだという事実は、私の心のどこかを破壊した。


元々私は、世界が嫌いだった。


『…また、ね。南米の方で、宣戦布告がされたんだって』
『…そうなんですか』
『ほんと人間って、お馬鹿さんばかりだね』
『…、』
『…嫌いだよ。人も神様もこの世界も、全部、キライ』
『じゃあ、そんなものは、愛さなければいい』
『…?』
『愛せないなら、愛さなければいい。自分の世界は愛するもののためだけに回っていればいいんですよ』
『…愛するもの…?』
『そう。愛するものを守るために、君は戦う。それが生きる理由になるでしょう?』
『…そうね。じゃあ私は、』

アレン・ウォーカーを守るために、生きていけば、いいのね。

そして慰める彼の手を握り返して、人知れずこっそりと口付けを交わしたのは、彼が最後の任務に出る前の夜のことだった。


「…イイ顔。ねぇ、最期に何か言いたいこと、ありますか?生憎命乞いは受付けられませんが」
「………」
「この後、僕は教団に戻りますよ。コムイさんたちは適当に誤魔化して、君には…逢わなかったと、伝えましょう」
「……る」
「…ん?何です、」
「愛してる」

その一瞬、時間が止まった。彼のどこか夢見るようだった瞳が見開かれ、私を真っ直ぐに見据える。笑いもせず泣きもせず、たった一人「愛した人」を私がただ静かに見つめ返すと、アレンはふっと口の端を崩して、そのまま私の喉元を横一直線に切り裂いた。


「…僕も …ですよ」


愛しい人を、生きる理由を失った私は、どっちみち長くは生きられなかった。ならばたとえ過去にでもその「理由」であった彼の手で、この人生を終わらせるのも悪くはないと思った。

貴方は私を愛してくれた? 私は貴方を愛せていた?

真っ白に塗り潰されていく思考の中で、鮮血に紅く染まる視界の中で、何故か酷く泣き濡れた彼の顔が、私の最期の「世界」だった。





//20080620
ノアレ初の試み