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はじめは、夢なのか現実なのか解らなかった。頭の中は雨上がりの朝みたいにぼんやりと靄がかかっている。夜に、仕事を終えて、疲労した身体を気持ち良くベッドに潜り込ませた記憶があった。現に私はそこにいるのだけれど、眠りに落ちたそのときと、どうも違う。目を開くのも煩わしくて、何か掴めるかと伸ばした指に、ぶつかったのは自分よりも少し高い体温だった。私の頭をゆるゆると撫でている感触と同じ温度だ。

「う…ん…?」

こてっと顔を横に向けたら、頬に渇いた優しい何かが押し付けられた。ちゅ、と可愛らしい音が立つ。そこで漸くうっすらと瞳を開くと、映ったのは見慣れた部屋の白い壁と、もっと近くに太い肌色。これもまた、よく知っていた。

「…ぁ…? る…ふぃ…?」
「お、ヒロイン。おはよう」

ぱち、ぱちと瞬きを数回して焦点を合わせると、次第に朝の光がくっきりと網膜にきらめく。どうやら夢ではないらしい。けれど、夢みたいに暖かくて、自身の体にあまり体重を感じなかった。どうして? どうしてかな。ルフィが触ってくれてるからかなぁ…。

「んっ…ふあ…くすぐったいよ…」

耳に降りてきた口づけにびくりと体を固め、逃れようと無意識に首を竦める。くす、耳元で笑う音。髪を掻き混ぜる指が優しくて気持ちいい。

「ヒロインの寝顔が可愛くてさ。つい」
「んーん……」

手の平で顔を隠すことを、ルフィの手が許さなかった。頭がまだ寝ぼけている。気怠い寝起き。覆いかぶさる恋人。はあ。ため息が出るほど幸せな朝。ルフィも普通に、起こしてくれたら、いいのに…

「あ、こら。まだ起きんなよ、」
「へぇえ…? なんで? みんなにおはようって挨拶…いかないと…」
「ダメ。まだ、おれの」

起こそうとした上半身を抱きすくめられて、シーツに逆戻り。ぽかぽか。柔らかいベッドの中でこんなことされたら、また眠くなってしまいそう。

「ん、ん…や、ルフィ、だめ…」
「ん…気持ち良く、ねェ?」

まるで子犬を可愛がるような手つきで、髪には指が差し込まれ、肩やら腕やら背中を撫でられる。気持ち良くなかったらこんな蕩けた気持ちにならない。良いから、困るのだ。

「ち、ちが…離れられなくなっちゃう…」
「……ししっ、じゃ、はやくなっちまえ」

ぎゅっと抱き寄せられて頬を寄せられる。ルフィの重みが心地好い。彼の胸を押していた手は、いつの間にか彼の背に巻き付いていた。

「…ったかいー…」
「ん…ああ。…もっと触っていいか?」
「ー…へんなとこ以外なら…」
「へんなとこ、って?」
「………」
「……、ここ、とか?」
「ひ わっ」

脇腹をするりと撫で上げられて、くすぐったさに思わず喉元がのけ反った。晒されたそこにルフィの唇が降りて来る。

「そんな顔すんなよ、シたくなるだろ」
「そこっ、弱いって知ってるくせに…! いじわる!」
「そういうカワイー反応するから意地悪したくなるんだって」
「そ、そんなの知らないもん」
「ああ、知らなくていいな。おれ以外の野郎にお前にこんなことさせねぇし」

赤くなる私を見下ろして、ルフィはきっとひどく楽しんでいるんだろう。脇腹を撫でた手がはい上がり、更に悪戯を行使しようとしていることに気付き、私はその手の甲をぎゅうと抓った。ゴムの皮膚に効果がないのは腹立たしいが。

「お」
「だめ、もうだめ」
「つれねぇなー」
「だってルフィ、手が厭らしいこと考えてた」
「…。寝ぼけたヒロインが可愛かったのが悪い」
「私のせいじゃないもん! ほら、ルフィ、私起きるっ」
「えー……」

大人しく私を解放してはくれたルフィも、不服そうに頬を膨らませている。仕方ないなと私はそれを横目に見てため息をつくと、頭ひとつ分上にあるルフィの頭をわしゃわしゃと撫でた。驚いた顔をしたルフィは、無意識にか顎を引いて、私の手が頭を撫でやすくする。こうされるの好きなのかな。可愛いじゃないか。私は思わず口元を緩めた。

「…私だって、ルフィに構ってもらえるの嬉しいよ。でもね、あのね、ルフィはぎゅーだけじゃ終わらないでしょ?」
「おう! ヒロイン抱きしめてると、喰いたくなってくる!」
「だっ…だ、だからだめなの! 朝はやることいっぱいあるんだから!」
「じゃあ夜ならいいんだな?」
「え」
「よしわかった! ヒロイン、寝るなよ? 約束だぞ!」
「やくそっ…ちょ! ルフィっ!」
「早く行かねえと飯が無くなるッ!」
「な…ご飯呼びに来たんならさっさと言えってのーーー!!」


指切りげんまん、君もらい!/20100328